(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

絵の存在否定

科学が事のはじめになす或る不適切な操作を「絵の存在否定」と名づけ、確認しています。その操作のことを理解してはじめて、科学が何であるかも理解できるのではないでしょうか。

快さや苦しさが何であるか明らかになるまで

科学するほど人間理解から遠ざかる第8回 快さを感じているというのは、「今どうしようとするか、かなりはっきりしている」ということであり、かたや苦しさを感じているというのは、「今どうしようとするか、あまりはっきりしていない」ということである*1と…

科学の奇っ怪な出発点は「部分」の否認にあり①

2018年に入ってから、「2018年一斉書き直しシリーズ」と銘打って、第1弾と第2弾をお送りしてきた。 シリーズ第1弾は「科学の出発点をナミダナミダで語り直す*1」と題して、またシリーズ第2弾は「科学が存在を別ものにすり替えるのをモノカゲから見なおす…

科学の出発点について最初に何やら申し上げる

科学の出発点をナミダナミダで語り直す第1回 科学を科学たらしめるものについて、今回はキザに常体で語りたい。 科学を科学たらしめるもの、それは、科学の出発点である。いままでblog等で何度も語ろうとしてうまくいなかった、あの。 新年早々ふたたび挑む…

心が生まれたきっかけは遠いむかし

心はいかにして科学から生まれたか第1回 「科学の身体研究からすっぽりぬけ落ちている大事なもの」と題した文章のchapter 1で、身体が機械ではないこと、およびそのことをみなさんどなたも実によくご存じであることを確認した。そしてそのchapter2では、に…

科学が身体を機械とするに至る経緯を発端から確認する

科学にはなぜ身体が機械とおもえるのか第1回*1 ここまで*2、主につぎの2点を確認してきました。 1.「身体の物的部分」で、物質的出来事が、「身体の感覚部分」の関与のもと起こること(「身体の物的部分」は機械ではないこと) 2.そのことをみなさん実…

身体感覚を身体のなかに含めない

科学は存在同士のつながりを切断してから考える第1回 科学の特徴は、存在同士をたがいに切り離してから考えるところにある。事のはじめに科学は存在同士のあいだの二種類のつながりを切断する。で、そのあとに、新たに考案したつながりで存在同士をつなぎ戻…