(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

「科学は存在を読み替え、存在の神秘を見失う」

存在同士は応答し合いながら共に在りますが、科学が存在を素直にそうしたものと認めることはありません。科学は存在を、ただ無応答で在るだけのものと考えます。こうした存在のすり替え作業を俺は「存在の客観化」と名づけることにしました。2018年8月に文章を一部修正しています。

科学は存在を読み替え、存在の神秘を見失う

科学は、というかデカルト以後の西洋では、存在を読み替えます。この読み替えにはもろちん利点もありますが、同時に問題点もあるかと思われます(それがささいなものなのか、それとも無視できないほどのものなのかは、今は考えないことにします)。たしかに…