(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(7/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


 いまさっき、こう言いましたよね。小林さんは何かの拍子に、ふだんよく耳にするフィル・コリンズの曲を頭のなかでつい再生してしまったのかもしれませんね、って。


 でも、小林さんには、自分がそこでそんなことをするなんて、まったく思いも寄らなかったのかもしれませんね。


 いや、いっそ、そのことも裏返しにして、語弊を怖れながらも、愚直にこう言い改めてしまいましょうか。


 そのとき小林さんには、自分がフィル・コリンズの曲を頭のなかで再生しているはずはないという「自信」があったんだ、って。


 で、その自信に合うよう、小林さんは、現実をこう解した。


 フィル・コリンズの曲がボクの頭のなかに流れてきた。さては、フィル・コリンズがわざわざ交信してきてくれたんだな。そして「僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれ」ているんだな、って。


 いまの推測をふり返ってみますよ。


 小林さんはフィル・コリンズの曲を頭のなかで再生していた(現実)。しかしその小林さんには、自分がそんなことをしているはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかなのではないかと俺には思われて、仕方がありません。

  • A.「現実」に合うよう、「自信」のほうを訂正する。
  • B.「自信」に合うよう、「現実」のほうを修正する。


 で、この場面でも小林さんは後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、自分がフィル・コリンズの曲を頭のなかで再生しているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 フィル・コリンズの曲がボクの頭のなかに流れてきた。さては、フィル・コリンズがわざわざ交信してきてくれたんだな。そして「僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれ」ているんだな。


 箇条書きにしてみるとこうなります。

  • フィル・コリンズの曲を頭のなかで再生している(現実)。
  • ②そんなことをしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「さては、フィル・コリンズがわざわざ交信してきてくれたんだな。そして『僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれ』ているんだな」(現実を自分に都合良く解釈する
(次回短編へつづく)


2020年9月29日に表現を一部変更しました。


次回は10月5日(月)21:00頃にお目にかかります。


ひとつまえの記事(6/7)はこちら。


今回の最初の記事(1/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(6/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


フィル・コリンズも交信に加わってくる

 さらに小林さんは、こうも書いていますよ。

 フィル・コリンズが自分も交信できることを主張し、僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれた。色んな人に守ってもらえて嬉しかった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.130)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

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  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 1980後半から1990年代初頭にかけ、テレビやラジオでよくフィル・コリンズ(イギリスのボーカリスト兼ドラマーで、ジェネシスというグループのメンバー)の曲が流れていませんでした? よく耳にする曲などを何かの拍子に「頭のなかで再生してしまう」ことって、みなさん、ありますよね? ずっとおなじ曲を頭のなかで延々と聞いてしまって、止められなくなった経験、みなさん誰しも、ありますね?


 ひょっとすると、布団のなかにいたそのとき、小林さんは何かの拍子に、ふだんよく耳にするフィルコリンズの曲を頭のなかでつい再生してしまったのかもしれませんね。そしてその曲のビートに胸を熱くしたのかもしれませんね。


 で、お腹がグゥーっと鳴ったのを木梨からの返事と決めつけた先ほどとおなじものの見方を、ここでも、つぎのようにした、ということなのかもしれませんね。

  • フィル・コリンズの曲を聴いて、とっさに、これもテレパシーではないかと閃いた(とっさに一可能性を思いつく)。
  • ②自分のその閃きが誤っているはずはないという自信があった(他の可能性を不当排除する)。
  • ③そんな自信があった小林さんは、これもフィル・コリンズからのテレパシーにちがいないと決めつけた(勝手にひとつに決めつける/現実を自分に都合良く解釈する)。


 だけど、ここでは、いま見たのとは別の解し方をしてみることにしますよ。


ひとつまえの記事(5/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(5/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


◆同時に自分の閃きを疑う

 でも、いま例に出しました間違い電話の場合、いつも慎重なみなさんなら、どうします? 「また、おなじひとからかも」と閃いたそのとき、同時にその閃きを疑ってもみませんか。いや、さすがにこれは別のひとからかもしれないな、って。


 そうして、またおなじ間違い電話のひとからであるという可能性と、そうではない可能性のふたつを同時に感じながら、電話をとるのではありませんか。


 だけど、小林さんはそのとき、「木梨からの交信だ」とする自分の閃きを疑ってみることはなかったのではないでしょうか。


 要するに、自分がそこで、誤った内容のことを閃くなんて、小林さんにはまったく思いも寄らないことだったのではないでしょうか。


 つまり、そのことを、ここでも裏返しにして言い直せば、語弊があるかもしれませんけど、こういうことだったのではないかということですよ。


 そのとき小林さんには、そのとっさの閃きが誤っているはずはないという「自信」があったのではないか、って。


 で、そんな自信があった小林さんは、お腹が鳴ったこの音は木梨からの交信に間違いないと決めつけた、ということなのかもしれませんね。


 実際、さっき引き合いに出した間違い電話の場合でも、そういうことが、慎重派のみなさんにも、ときにありません?


 おなじひとから何度も立てつづけに、間違い電話がかかってきた。いまもそのひとの電話を切ったばかりである。すると、すぐにまた電話が鳴った。


 で、みなさんは瞬時に、「またおなじひとからだ」と閃いた。


 ところが、そんなとき、ふだんのみなさんならそうしたとっさの閃きを疑ってもみる(別のひとからの電話である可能性にも慎重に思いを致してみる)のに、なぜか、そのときに限って、自分の閃きに絶対の自信をもってしまい、「きっとまたおなじ間違いの電話のひとからだな!」と決めつけてしまったというようなことが、ときにありませんか。


 いま、こう推測しましたよ。箇条書きにして振り返ってみますね。

  • ①ひとびととテレパシーで交信できていると思い込んでいた。そんななか、また別の交信があったような気がして、「木梨か?」と訊くと、自分のお腹がグゥーっと鳴った。瞬時に、「これもテレパシーか。木梨からの返事か」と閃いた(とっさに一可能性を思いつく)。
  • ②自分のその閃きが誤っているはずはないという自信がある(他の可能性を不当排除する)。
  • ③お腹が鳴ったその音を、やっぱり木梨からの返事だと決めつける(勝手にひとつに決めつける/現実を自分に都合良く解釈する)


2020年9月29日に表現を一部変更しました。


ひとつまえの記事(4/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(4/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


とんねるず木梨憲武とテレパシーで交信する

 小林さんはさらにこうも書いています。

 突然とんねるず木梨憲武が交信してきた。


「木梨?」


 と聞くと、彼は、


あしたのジョー


 と答えた。これはとんねるずが『お坊チャマにはわかるまい!』の最終回で使ったギャグで、「ジョー」という音を僕の声帯ではなく、お腹のあたりを使って鳴らしたのがいかにも木梨らしくて笑えた(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.130)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

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  • 作者:小林 和彦
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 小林さんが、小林さんお気に入りのとんねるず木梨憲武のことを考えていたとき、手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしてきたのかもしれませんね。そこで、ちょうどいま見た要領で、小林さんはそれを、木梨からのテレパシーによる交信と信じ、「木梨?」と訊いた。するとたまたま小林さんの腹がグゥーっと鳴った


 で、ひとびととテレパシーで交信できている最中だと信じ込んでいた小林さんは、ふとこう閃いた


 これも、テレパシーなのではないか。木梨からの返事なのではないか、って。


 そして、そのお腹のグゥーっと鳴る音が、かつてとんねるずが使った「あしたのジョー」というギャグの「ジョー」の部分に似ている気がした小林さんは、とっさにこう考えた


 ひょっとして木梨はいま、「あしたのジョー」の「ジョー」の部分を、ボクのお腹を使って鳴らすという形で、ボクに返事をしたのではないか、って。


 たとえて言ってみれば、こういうことですよ。


 おなじひとから何度も立てつづけに、間違い電話がかかってきたとしますね*1? みなさんはそのひとの電話をいま切ったばかりである。すると、すぐにまた電話が鳴った。


 どうですか、みなさん。瞬時にこう閃きませんか


 また、おなじひとからかもしれない、って。


 小林さんのいまの場合も、それとおなじようなことだったのではないかということですよ。手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりするのを立てつづけに、ひとからの交信ととっていた小林さんは、お腹が鳴ったこのときも、その流れで、木梨からの交信だと瞬時に閃いたのではないかということですよ。


ひとつまえの記事(3/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

*1:以下のたとえは、電話というとほぼ携帯電話を意味する現在では、あまりピンとこないものなのかもしれませんね?

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(3/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


 いまの推測をふり返ってみますね。


 小林さんが布団のなかで、いろんなひとや団体のことを思い浮かべながら、「協力してほしい」と、ちからを込めて強く願っていたところ、手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしてきた(現実)。ところがその小林さんには、ほんとうならこんなときにボクの手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、先にも言いましたように、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.「現実」に合うよう、「自信」のほうを訂正する。
  • B.「自信」に合うよう、「現実」のほうを修正する。


 で、小林さんはこの場面でも後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、ほんとうなら自分の手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 ほんとうならこんなときに手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはない。なのに実際は、手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしている。きっとこれは特別な理由があってのことにちがいないな。あ、そうか、わかったぞ、これはテレパシーだ! ボクのお願いにみんながこうした感覚の形で応えてくれているんだ。


 箇条書きにしてまとめてみますね。

  • ①布団のなかで、いろんなひとや団体のことを思い浮かべながら、「協力してほしい」と、ちからを込めて強く願っていたところ、手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしてきた(現実)。
  • ②ほんとうならボクの手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「ほんとうならこんなときに手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはない。なのに実際は、手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしている。きっと、これは何か特別な理由があってのことにちがいないな。あ、そうか、わかったぞ、これはテレパシーだ! ボクのお願いにみんながこうした感覚の形で応えていれているんだ」(現実を自分に都合良く解釈する


ひとつまえの記事(2/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(2/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


◆テレパシーでの交信の仕方

 どんな内容だったか残念ながら忘れてしまったが、テレパシーで会話できるのはミックだけではなく、あらゆる人間と交信できることがわかった。交信を司る器官は頭の中だけではなく、手とか足とか背中とか各内蔵とか、すべての器官でできるのだ。中枢神経は頭の中にあるのだろうが、体中の各器官が色々な感覚を引き起こす形で行われたのである。個人との交信も団体との交信もできた。


 僕は体制を変革してよりよい世界を作ろうと思っているが、僕一人の力ではできない。そんな協力してくれないかと伝えると、皆、拍手や歓声で受け入れてくれた。受信は、手や足が震えたり背中がぞくぞくしたりするかたちで行われた


 多数の人と交信するに伴って、頭の中にある種のイメージ(映像)が現れた。幻視、幻覚かもしれない。断っておくが僕は覚醒剤、シンナーの類を一切やったことはない。だから穏当な表現をすれば、普段夢に見るイメージを覚醒していた時に見たのだ。(略)


 これは大変刺激的な体験で、僕はこれによって様々な懸案事項を解決していったが、やがて映像イメージの繰り返しは沈静化していった。手や足があまりにも激しく動くので肉体的に疲れてしまったし、もう残された問題は何もないと思ったのだ(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.127-128、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 小林さんは言っていましたね。テレパシーでの交信は「体中の各器官が色々な感覚を引き起こす形で行われた」って。すなわち、「手や足が震えたり、背中がぞくぞくしたりするかたちで行われた」って。「僕は体制を変革してよりよい世界を作ろうと思っているが、僕一人の力ではできない。そんな協力してくれないかと伝えると(略)手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりするかたち」で、「拍手や歓声」がみんなから返ってきたんだ、って。


 日中、小林さんは、時の内閣に監視されていて、果ては殺されるかもしないと、逃げ惑っていましたね。そうして身を、恐怖に震わせ、緊張に強張らせて、興奮していましたね? 帰宅後もその動揺が覚めやらないでいるらしいのを前回、確かめもしましたね? なら、その夜、布団のなかで、政府に追いかけられる重圧と恐怖をヒシヒシと感じながら思い詰めているとき、小林さんの手足がはげしく震えたり、背中がぞくぞくしてきたりしたとしても何ら不思議はなかったのではないかと、みなさん思いません?


 小林さんは布団のなかで、いろんなひとや団体のことを思い浮かべながら、ちからを込めて強くこう願っていた。


「僕は体制を変革してよりよい世界を作ろうと思っているが、僕一人の力ではできない」。誰か「協力して」ほしい、って。


 すると、手足がはげしく震えたり、背中がぞくぞくしたりしてきた。


 ところが、そんなときに自分の手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしてくるなんて、小林さんにはまったく思いも寄らないことだったのかもしれませんね。


 いや、いっそ、そのことも裏返しにして、語弊があるかもしれませんけど、こう言い直してみましょうか。


 そのとき小林さんには、ほんとうなら自分の手足が震えたり背中がぞくぞくしたりしているはずはないという「自信」があったのではないか、って。


 で、その自信に合うよう、小林さんは、現実をこう解した。


 ほんとうなら手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはない。だとすると、現に手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているのは何か特別な理由があってのことにちがいないな。あ、そうか、わかったぞ、これはテレパシーだ! 「よりよい世界をつくるための運動に協力してほしい」というボクの願いがみんなに伝わって、それにみんながこうした感覚で応えてくれているんだ! これはみんなの「拍手や歓声」なんだ! 


2020年9月29日に表現を一部変更しました。


ひとつまえの記事(1/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(1/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28

あらすじ

 小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で8回目です(全9回)。

 小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日の模様からはじめ、現在はその翌日を見ているところです。

 統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、実地にひとつひとつ確認しています。

  • vol.1(下準備:メッセージを受けとる)
  • vol.2(朝刊からメッセージを受けとる)
  • vol.3駅名標示から意味、暗号を受けとる)
  • vol.4(学生3人組と会話する)
  • vol.5(謎がついに解ける)
  • vol.6(逃げる)
  • vol.7(帰宅する)

 

今回の目次
・ミックとテレパシーで会話する
・テレパシーでの交信の仕方
とんねるず木梨憲武とテレパシーで交信する
・同時に自分の閃きを疑う
フィル・コリンズも交信に加わってくる


◆ミックとテレパシーで会話する

 統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)、助言を求めて訪れた母校、早稲田大学からなんとか帰宅した小林さんが、午前3時頃に目を覚ましたところまでを見ましたよね。


 今回はそのつづきから、です。

 また寝ようとしたが、すっかり頭が冴えてしまって、夜の気に影響されてか、僕はまた様々なことを考え始めた。詳しいことは覚えていないが、僕の考えを皆に伝える最もいい方法を模索していたようだ。


 突然テレパシーのようなもので誰かと交信がつながった。昼間も聞こえたミック〔引用者注:小林さんの友人〕の声のようなものだった。声は耳からではなく、頭の中に直接入ってきた。これがテレパシーというものかと思い、幻聴だとは全く思わなかった。後にミックはこの日は午前四時ごろまで起きていたが僕とテレパシーで会話した覚えはないと言った僕はそれならミックの守護霊と会話していたんだろうと解釈し、幻聴を認めなかった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.127、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 これまで、ミックという名のこの友人は度々出てきましたね。ミックは小林さんにとって、真っ先に思い浮かぶ「味方」なのかもしれませんね。そのミックとテレパシーで交信したといま小林さんは言っていました。でも、後日ミック本人に訊いてみるとそんな交信をした覚えはないと否定した


 小林さんは誤って、そうした交信をしたものと思い込んでいただけですね。だけど、自分がそんな思い違いをするなんて、小林さんにはまったく考えもつかないことだったのではないでしょうか。


 いや、いっそ、そのことを、裏返しにして、語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみましょうか。そのとき小林さんには、ミックとたしかにテレパシーで交信したはずだという「自信」があったのではないか、って。


 ミックは、小林さんと交信した覚えはないと言っている(現実)。だが、小林さんには、たしかにミックと交信したはずだという「自信」がある。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、やはり、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、俺には思われます。

  • A.「現実」に合うよう、「自信」のほうを訂正する。
  • B.「自信」に合うよう、「現実」のほうを修正する。


 では、もしその場面で小林さんが前者Aの「現実に合うよう、自信のほうを訂正する」手をとっていたらどうなっていたか、ちょっと想像してみましょうか。


 もしとっていたら、小林さんは、こんなふうに「自信」を改めることになっていたのではないかと、みなさん思いません?


 ミックとテレパシーで交信したというのはボクの思い違いだったようだな、って。


 でも、小林さんがその場面でも実際にとったのは後者Bの「自信に合うよう、現実を修正する」手だった。すなわち、小林さんは、ミックとたしかにテレパシーで交信したはずだとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


「それならミックの守護霊とテレパシーで会話していたんだろう」


 箇条書きにしてまとめてみますよ。

  • ①ミックは小林さんとテレパシーで交信した覚えはないと言っている(現実)。
  • ②たしかにミックとテレパシーで交信したはずだという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「それならミックの守護霊とテレパシーで会話していたんだろう」(現実を自分に都合良く解釈する


 が、それにしてもなぜ小林さんは、テレパシーで交信していると思ったのでしょうね? ミックとの交信については詳しいことは何も記されていませんでしたけど、引用文のつづきにはこう書いてありますよ。


2020年9月29日に表現を一部変更しました。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。