(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

西洋学問ではなぜ快さや苦しさが何であるか理解されてこなかったのか

科学するほど人間理解から遠ざかる第9回

 快さを感じているというのは、「今どうしようとするか、かなりはっきりしている」ということであるいっぽう、苦しさを感じているというのは、「今どうしようとするか、あまりはっきりしていない」ということであると最初に確認しましたけれども*1、西洋学問では、快さや苦しさをそのようなものと理解できてはきませんでした。


 なぜ理解できてこなかったのかを明らかにするために、快さや苦しさをいま申し上げたようなものとして俺が理解するに至った道筋を、ワタクシごとで恐縮ですが、これからごらんいただきます


 その道は、物を見るということについて確認しなおすところからはじまりました


 では、そこから見ていきます。


 みなさん、並木道のど真んなかに立っているいっぽんの大木を、俺が数十メートル離れたところから見ている、ある一瞬をご想像ください。


 その瞬間に俺が目の当たりにしている大木の姿と、そのときの俺の身体について、それぞれ順に確認していきます。


 参ります。


 まずみなさんにお尋ねします。その瞬間に俺が目の当たりにしている大木の姿はどこにあるとお考えになりますか。


 そうです、その姿は俺の前方数十メートルのところにあります。


 さあ、俺の前方数十メートルのところにあるその大木の姿がどのようにあるか、確かめていきましょう。


 その瞬間、俺にはその大木が見えていますけれども、よく考えてみますとすぐに、その大木まるまるひとつが余すところなく全部見えているのではないことに気づきます。あくまでその瞬間、俺に見えているのはその大木の、俺のほうを向いた面の、上ッ面だけです。側面も見えていなければ、後ろっかわも、中身も、土の下で伸びている根っこもまったく見えてはおりません。


 となりますと、その瞬間の俺はこう思いなしているべきなのでしょうか。自分の前方数十メートルのその場所に存在しているのは、当の大木の、自分のほうを向いた面の、現に見えている、厚みのない上ッ面だけであって、見えてはいない、その側面や、後ろっかわや、中身や、土の下の根っこは、存在していないのだ、と? 


 いや〜、とんでもない、素直にこう思いなしているべきでしょう。その瞬間、当の大木の、側面も、後ろっかわも、中身も、土の下も、見えないありようとでもいうべき姿で、自分の前方数十メートルのその場所に存在しているのだ、と。


 つまり、その瞬間、自分の前方には、向こうが透けて見えるというありようで、空いた場所がずっとつづいていて、大木は、自分から離れること数十メートルのところに、自分のほうを向いた面の上ッ面のみ「見えるありよう」、それ以外の部分はみな「見えないありよう」といった姿で存在しているのだ、と。


 もし大木がそのとき、俺の前方に広がっている視野とよばれる領域の外にあったら、まるまる一本すべてが「見えないありよう」といった姿で存在していることになりますが。


 並木道のど真んなかに立っているいっぽんの大木を俺が見ているある一瞬をみなさんにご想定いただきながら、その一瞬に俺が目の当たりにしている大木の姿についてまず確認しました。


 つぎはそのときの俺の身体について確認します。

つづく


今回はこのシリーズの第9回目でした。

第1回(まえがき)

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第2回(まえがき+このシリーズの目次)

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第3回(快さや苦しさが何であるか確認します。第7回②まで)

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第4回

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第5回

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第6回①

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第6回②

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第7回①

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第7回②

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第8回(西洋学問で快さと苦しさが何であるか理解できてこなかった理由を確認します。第19回③まで)

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このシリーズの記事一覧はこちら。

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*1:第3回から第7回②まで