(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

科学のなかにすべり込んだ差別の論理

*身体をキカイ扱いする者の正体は第8回


 科学は事のはじめに「絵の存在否定」という不適切な操作を為して、身体を機械と考え、機械に用いられる正常異常という区分けを、ほんとうは機械ではない身体に用います。そうして身体を、その設計製造者である世界によって定められたありようを呈しているもの(問題無し、すなわち正常)と、世界によって定められたありようを呈していないもの(問題有り、すなわち異常)とに区分けしますが、身体が世界によって定められたありようを呈しているというのは、法則どおりということであるいっぽう、世界によって定められたありようを呈していないというのは、法則に従っていない、つまり奇蹟を呈しているということでした。科学には奇蹟の存在を認めることができません。したがって、身体は例外なくすべて、世界によって定められたありようを呈している(問題無し)と判定され、正常とされるしかなく、異常と判定されるものはひとつたりとも出てきえないということでした。


 けれども実際のところ科学は、世界によって定められたありようを呈しているものばかりであると考えられるはずの身体を、「みんなと同じであれば(多数派に属していれば)、世界によって定められたありようを呈していると見て、問題無し(正常)と判定し、かたや「みんなと同じではなければ、世界によって定められたありようを呈していないと見て、問題有り(異常)と判定すると先ほど申しました。


 このように「みんなと同じかどうか」を基準に正常か異常かを判定するというのは、もっとわかりやすく言えば、世界によってみんな同じになるよう定められていると勝手に決めつけ、「みんなと同じではない」ものを、「みんなと同じではないことをもって問題有りとし、「みんなと同じにならなければならないとすることであって、もうそう言えば、機械ではない身体を正常異常に区分けするというのが、社会で長らく為されてきた、少数派にたいするあの差別そのものにほかならないのは明らかではないでしょうか。


 台のうえで起こる出来事であれ、容器のなかで起こる出来事であれ、苦心してもなかなか同じものはうまい具合には起こりませんし(物理学や化学の実験を思い起こしてみればよくわかります)、注意深く回りを見まわしさえすれば、植物ひとつをとっても、子が親とかならず同じになるかというと決してそうではなく、刻々と世代をとおして変化していくのがすぐ目につきます(ダーウィンが『種の起源』でそうした観察報告を記していたと記憶しています)。世界によってみんな同じになるよう定められていると考えるのは事実の裏づけを欠いた単なる思い込みでしかないと、事実観察を旨とする科学こそ、まっさきに指摘しなければならないにちがいありません。


 にもかかわらず、機械にしか用いることのできない正常異常という区分けを、機械ではない身体に用いれば、「みんなと同じではない」ものを、「みんなと同じではないことをもって問題有り異常とする昔ながらの、みなさんが忌み嫌っておられるあの差別にお墨付きを与え、手を貸すことになるのではないかと思われてなりません。

夜と霧の隅で (新潮文庫)

夜と霧の隅で (新潮文庫)

 


 俺みたいな圧倒的に至らない人間が何サマのつもりなのか、僭越なことを先ほどからずっと申し上げていまして、まことに恥ずかしく、また心苦しい限りですけれども、実際、医学用語が、差別の響きがあると指摘されて変更されたり、変更を議論されたりすることがしばしばあるのをみなさんもよくご存じだと思います。最近では、奇形という医学用語が変更を検討されているとお聞きになったかたも多いのではないでしょうか。奇形という言葉は、みんなと同じではないもの(多数派に属していないもの)を、世界によって定められたありようを呈し損なっていると見て、問題有り(異常)と判定する差別的なものの見方をよく言い表しているように思われます。


 また障害という言葉が、障害者を指して害と言っているとの指摘を受け、最近、障がいとか障碍といった表記に変わりつつあるのもみなさんよくご存じのところでしょう。さらには障害とか障がいとか障碍といった言葉自体、言い換えられる必要があるとする意見を耳になさったかたも多くいらっしゃるのではないでしょうか。


みなさんが耳にされるそうした鋭い声や意見も、機械にしか用いることのできない正常異常という区分けを、機械ではないひとに用いて、健常者と障害者に分けることがそもそも不当な差別であるという事情を反映しているのではないかという気が俺にはします。


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このテーマに関しては後日、書き改めました。