(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.5(統合失調症理解#14)(1/6)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.25

あらすじ

 小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で5回目です(全9回)。

 小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日の模様からはじめ、現在はその翌日を見ているところです。

 統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、実地にひとつひとつ確認しています。

  • vol.1(下準備:メッセージを受けとる)
  • vol.2(朝刊からメッセージを受けとる)
  • vol.3駅名標示から意味、暗号を受けとる)
  • vol.4(学生3人組と会話する)

 

今回の目次
・お目当ての先生にお願いを断られる
・クズかごの中身に不自然さを感じる
・ずっと抱いていた疑問が解けたとき
・「世界は僕のためにある」という誤った手応え
・「世界は僕のためにある」への違和感


◆お目当ての先生にお願いを断られる

 考察を再開しますね。


 統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)、母校、早稲田大学を訪れ、「学生会館」「一四号館ラウンジ」を順に回った小林さんはその後、お目当ての先生のもとに向かいます。

 一四号館を出て、早稲田へ来た一番の目的である、産業社会学寿里先生に会いに行くべく研究室の方へ足を向けた。すると偶然、寿里先生が、誰か若い男を伴って歩いているのに出くわした。僕は先生に向かって歩み寄り、


「一九八四年卒業の小林と言います。先生のゼミはとりませんでしたが、社会学、産業社会学で先生の講義を受けまして……」


 と、自己紹介しようとしたが、先生は、「わかったわかった」とでも言いたげに僕の言葉をさえぎった。


「どうしても話したいことがあるんです」


 と言うと、先生は、


「今、大事な会議の前だから駄目だ」


 と言った。それなら来週の火曜日はどうかと聞くと、


「来週の火曜日ならいい」


 と言ってくれた。僕は、会議に興味を持ち、


その会議に僕も参加させてくれませんか


 と言うと二人は笑って、「駄目だと言った僕はその会議というのは目覚めようとしている僕に対する処遇を話し合うんじゃないかいやそうに違いないと確認してしまった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.111-112、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 どうでした、みなさん? ここでも、小林さんが「現実を自分に都合良く解釈している」のが見てとれるように、思いませんでしたか(またもや確認しますけど、小林さんを批判しようとしてこんなことを言っているのではありませんよ。ふだん誰もがかなりの頻度と度合いで、「現実を自分に都合良く解釈します」よね)。


 小林さんは寿里先生にお願いしたとのことでしたね。寿里先生がこれから出席すると言う「その会議に僕も参加させてくれませんか」って。でも、そのお願いは断られた


 まあ、それはそうですよね。先生が「いいよ、じゃあ、君も会議に来なよ」と快諾するとはさすがにちょっと考えにくくはありませんか。


 ところが、小林さんはそうは思っていなかった。小林さんには、そのお願いを断られるなんて、まったく思いも寄らないことだった。小林さんの「予想」からすると、そのお願いが断られているはずはなかった。


 いや、いっそ、そのことも、すこし語弊があるかもしれませんけど、こう言い直してみましょうか。そのとき小林さんには、自信があったんだ、って。ほんとうならそのお願いを断られているはずはないという自信が、って。


 小林さんは寿里先生にお願いを断られた(現実)。だけど、小林さんには、ほんとうならそのお願いを断られているはずはないという「自信」があった。そのように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.「現実」に合うよう、「自信」のほうを訂正する。
  • B.「自信」に合うよう、「現実」のほうを修正する。


 ではもしその場面で小林さんが前者Aの「現実に合うよう、自信のほうを訂正する」手をとっていたら、どうなっていたか、ひとつ想像してみましょうか。もしとっていたら、小林さんはこんなふうに「自信」を改めることになっていたのではないかと、みなさん思いません?


「いや、よく考えてみると、そのお願いが断られるのは当然だな。急にやってきた、誰ともわからない卒業生が、大学の会議に参加できるはずないもんな」って。


 でも、その場面でも小林さんが実際にとったのは、後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手だった。すなわち、ほんとうならそのお願いを断られているはずはないというその自信に合うよう、小林さんは、現実をこう解した。


 ほんとうならそのお願いを断られているはずはない。なのに断られたのは、よほどの理由があってのことにちがいないな。さては、ボクに聞かれてはマズイことを会議で話し合うつもりだな。「目覚めようとしている僕に対する処遇を話し合うんじゃないか、いやそうに違いない」


 いまの推測を箇条書きにしてまとめてから、引用のつづきに進みますよ。

  • ①先生に「自分もその会議に出席させてほしい」とお願いし、断られる(現実)。
  • ②ほんとうならそのお願いを断られているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「ほんとうならそのお願いを断られているはずはない。なのに、そのお願いを断られたのは、よほどの理由があってのことにちがいないな。さては、ボクに聞かれてはマズイことを会議で話し合うつもりだな。『目覚めようとしている僕に対する処遇を話し合うんじゃないか、いやそうに違いない』」(現実を自分に都合良く解釈する


前回の短編(短編NO.24)はこちら。


このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。