*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.22
あらすじ
小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本を、前回から、とり挙げさせてもらっています。これから、小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日とその翌日の模様を、今回をふくめ、計8回にわたって見ていきます。
統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、実地にひとつひとつ確認していきます。
- 前回(下準備:メッセージを受けとる、とは)
今回の目次
・最初の事例
・現実を自分に都合良く解釈する
・同時に自分の解釈を疑っている
・ふり返り
◆最初の事例
前回、下準備と称して、つぎのふたつのことを確認しましたよね。
ひとつは、小林さんが、統合失調症を「突然発症した」とされる日の数ヶ月まえから、いろんな「メッセージを受けとる」ようになっていたということ。
もうひとつは、その「メッセージを受けとる」というのが「現実を自分に都合良く解釈する」作業を指すということ、でしたね。
- 数ヶ月まえから、いろんな「メッセージを受けとる」ようになっていた。
- それは「現実を自分に都合良く解釈する」作業のことを指す。
では、そのふたつを踏まえたうえで本題に入りましょう。小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日の様子をいまから見ていきますよ。その日は、新聞記事から小林さんが圧倒的な「メッセージを受けとる」ところからはじまります。
七月二十四日(木)、出勤すると、Gさんが朝日新聞を持ってきていたので見せてもらった。一面には、第三次中曽根内閣を組閣したばかりの中曽根首相が、国民の支持を強調して本格続投に意欲を見せる発言が載っており、僕はその内容に激しく鼓舞された。
特に、懸案となっている「国家機密法」の国会再提出に熱意を持っている、という記事は、僕を国家機密扱いにして、国が僕を守ろうとしてくれている、と本気で思った。客観的に見て、これが僕の妄想が病的な誇大妄想になった最初の時点と言えるだろう。
僕はこの新聞をGさんに所望したが断られたので、駅まで自転車を飛ばし、その日の朝刊を買いあさった。三〇〇円にもならなかったので、新聞とは何と安く情報が買えるのだろうと思う反面、こんな安いもので真実がわかるわけがないとも思った。
僕は新聞から圧倒されるほどのメッセージを受け取り、これは普通なら見過ごしてしまうが、今の僕の直感と洞察に満ちた精神状態だからこそ成し得ることだと思った。特に、竹下登幹事長、橋本龍太郎運輸相、宮沢喜一蔵相などは、我々に会いに来い、と僕に呼びかけているように感じた。
僕はこの時、アニメーションを手段にして体制を変えようとしていた。しかし、僕の作ろうとしているアニメーションは、体制を変えてからでないと作れない、というジレンマに陥ってもいた。
自民党の幹部に今すぐ会いに行きたい。会って、僕が思っていることをすべて彼らにぶちまけたい。いや、その前に早稲田の教授に会いに行って、彼らの助言を乞おう〔引用者注:小林さんは早稲田大学卒〕。
僕は居ても立ってもいられなくなった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.87-88、ただしゴシック化は引用者による)。ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)
- 作者:小林 和彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/10/28
- メディア: 文庫
小林さんは「新聞から圧倒されるほどのメッセージを受け取」ったと言っていましたね。
こういうことでした。
時の内閣が、「懸案となっている『国家機密法』の国会再提出に熱意を持っている」と新聞記事に書いてあるのを読んで、「僕を国家機密扱いにして、国が僕を守ろうとしてくれていると本気で思った」とのことでしたね。
小林さん自身、「客観的に見て、これが僕の妄想が病的な誇大妄想になった最初の時点と言えるだろう」と書いていました。(精神)医学の見立てもそれとおなじではないでしょうか。小林さんのその着想を(精神)医学も異常(妄想)と見なし、「理解不可能」と決めつけるのではないでしょうか。
でも、いまさっき冒頭で振り返った下準備を済ませているみなさんと俺には、ここでの小林さんも「理解可能」であるように思われます。
その下準備で確認したのはつぎのふたつでした。小林さんは数ヶ月まえから、いろんな「メッセージを受けとる」ようになっていた。そして、それは「現実を自分に都合良く解釈する」作業のことを指す。
このように数ヶ月まえからしきりに「現実を自分に都合良く解釈する」ようになっていた小林さんは、統合失調症を「突然発症した」とされるこの日、Gさんが会社にもってきた新聞を読んで、つい「現実を自分に都合良く解釈しまった」のではないでしょうか。で、そのことを、先ほど見たように、「新聞から圧倒されるほどのメッセージを受け取」ったと表現したということなのではないでしょうか。
どういうことか。
今回はそのことをじっくり確認していきます。
2021年9月23日に文章を一部修正しました。
*このシリーズは全9回でお送りします(今回はvol.2)。
- vol.1
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- vol.9
*前回の短編(短編NO.21)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。