(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「わたしはエスパーだ」「頭のなかを監視されている」を理解する(統合失調症理解#3)(9/10)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.10


◆すべての場面で起こっていたことは何か

 さて、ここまで、場面を5つに分けて見てきました。どの場面でもAさんの身におなじことが起こっていたのが確認できましたよね。まず、Aさんのもっている「自信、Aさんの直面している「現実とが背反していましたね。そのように「自信」と「現実」とが背反しているとき、ひとにとることのできる手は、ずっと言ってきましたように、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • ア.現実に合うよう、自信のほうを修正する。
  • イ.自信にあうよう現実のほうを修正する


 で、Aさんはどの場面でも、後者イの「自信に合うよう、現実を修正する」手をもちいていましたね。この現実修正解釈こそ、Aさんがその5つの場面のすべてでやっていたことでしたね。


 5つの場面すべてでAさんがしていたそのこと(ただし場面2での一部を除く)を箇条書きにしてまとめるとこうなります

  • ①ひとにどう思われているか気になる(現実
  • ②「ひとにどう思われているかを自分が気にしているはずはない」といった自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をたとえばこう解釈する。「わたしのことを嗤ったり噂したりしているのが、耳に入ってくる」(現実修正解釈


 さあ、いま、Aさんは5つの場面すべてで、自分の自信に合うよう、現実を修正解釈していたのではないかと俺、言いました。だけど、もちろんAさんを批判するつもりでそんなことを言ったのではありませんよ。そうした現実修正解釈は、Aさんだけがしていることではありませんよね? 程度の差はあれ、ふだん世間の誰もがしていることですね? みなさんもしていますし、俺もしていることですね? 俺がここで声を大にして言いたいのはむしろこういうことですよ。


 世間の誰もが、そうした現実修正解釈を日々している。したがって、自分のことをふり返ることのできる誠実なひとになら誰にでも、そんな自分を参考に、いま見た5つの場面でのAさんの現実解釈を理解することができるはずだ、って。


 でも、そうは言うものの、正直な話、俺には、Aさんのことをいまの考察で完璧に理解し得たと言うつもりはまったくありませんよ。たしかに、Aさんが苦しんでいたことや、居場所をどんどん失い、追い詰められていくさまは、手にとるように見ることができたと確信していますけど(Aさんのその苦しんでいる姿に共感したひとは多かったのではないでしょうか)、Aさんのことを多々誤ったふうに決めつけてしまったのではないかとかなり気が咎めていますよ。


 ただ、ある種の手応えを感じているのは事実ですけど。(精神)医学に統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたAさんが実はそうした(精神)医学の見立てに反しほんとうは理解可能であるということはいまの考察からでも十分明らかになったのではないか、って。みなさんのように申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、Aさんのことが完璧に理解できるということを示すくらいのことは十分にできたのではないか、って。


 Aさんが理解可能であることはもはや明らかだと言っても、みなさん、構いませんよね? 


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