*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.11
◆数字が合図を送ってくる
つぎはイです。
男性はさらに「数字が気になって、目にする数字に何か意味があり、自分に合図を送っているように感じた」とのことでしたね。転職後の会社では職務柄、数字の記載された書類や表(財務諸表とか、営業目標もしくは営業結果を書いた表とか)を見て、そこにある数字の意味を把握しておかなければならないといったようなことがよくあったのかもしれませんね。で、おのずと、数字の意味を読み解こうとする習慣が男性についたのかもしれませんね。
そしてついには、どんな数字を見ても、その意味するところを読み解こうとせずにはいられなくなった。いったん数字が目に入ると、それが新聞紙上のものであれ、路上の看板に書かれたものであれ、何であれ、その意味を読み解かなければならないといった(苦しい)義務感を覚えるようになったのかもしれませんね。
だけど男性からすると、自分が路上の看板や新聞紙をまえに、そんな義務感を覚えたりするはずはなかった。いや、いっそ、男性のその見立てについても、ちょっと語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき男性には、自分が数字の意味を読み解かなければならないといった義務感を覚えているはずはない、という自信があったんだ、って。
で、男性はその自信に合うよう、現実をこう解した。
ありとあらゆる数字が僕に、意味を読み解くよう「合図を送ってきて」僕をせっつく、って。
いまこんなふうに推測しました。
男性はどんな数字を目にしても、その意味を読み解かなければならないといった義務感を覚え、苦しむようになった(現実)。ところがその男性には、そんな義務感を覚えているはずはないという「自信」があった。このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、先にも言いましたように、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。
- A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
- B.その背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
で、男性はこの場面で、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、自分が数字の意味を読み解かなければならないといった義務感を覚えているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。
ありとあらゆる数字が意味を読み解くよう「合図を送ってきて」僕をせっつく、って。
いま言ったことを、しつこいようですが、箇条書きにしてまとめてみます。
- ①どんな数字を目にしても、その意味を読み解かなければならないといった義務感を覚え、苦しい(現実)。
- ②そんな義務感を覚えているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解する。「ありとあらゆる数字が意味を読み解くよう『合図を送ってきて』僕をせっつく」(現実修正解釈)。
いままた俺は先ほど同様、こう指摘しましたね。男性は「現実修正解釈」をしたんじゃないか、って。「現実」と背反している「自信」に合うものとなるよう、「現実」のほうを修正したんじゃないか、って。でも、男性を批判するつもりでそんなことを言ったのではありませんよ。男性のことを批判しようだなんて、めっそうもないことですよ。そうした「現実修正解釈」を、程度の差はあれ、ふだん誰だってしませんか。みなさんも、世間のひとたちも、俺も、そうした解釈をしませんか。この男性も、みなさんや世間のひとたちや俺とおなじように、ついそうした「現実修正解釈」をとってしまっただけなんだとしか俺には考えられません。
さて、ここまで、先に挙げた3つの体験から、そのふたつを見てきました。つぎが最後の体験(ウ)になります。幻聴に当たらない場合と、当たる場合とをいまから想像してみますよ。
2020年5月23日、8月17,18,19日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/8)はこちら。
*前回の短編(短編NO.10)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。