*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.10
◆場面2‐Ⅲ(見抜かれていないか心配になる)
では、ここから、3つ目の想像(Ⅲ)に移りますね。
朝礼のスピーチがAさんには退屈でならなかったと先ほど同様仮定して話を進めますよ。Aさんは「スピーチ、早く終わればいいのになあ」と考えていた(あくまでも仮定です)。もちろんAさんはそうした考えをそぶりには出さなかった。真面目な態度でスピーチを聴いていた。ところが急に、スピーチが早く終わることを願うその(Aさん自身、不謹慎と思われる?)Aさんの内心を周囲のひとたちに見抜かれ、悪く思われているのではないかと心配になってきた。
けれども、Aさんからすると、自分がその場面で、従業員たちにどう思われているかを気にしたりするはずはなかった。
いや、ここでも、そのAさんの見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてしまいましょうか。そのときAさんには、「ひとにどう思われているかを気にしているはずなはい」という自信があったんだ、って。
で、その自信に合うよう、Aさんは現実をこう解した。
周りのひとたちが急に「スピーチ、早く終わればいいのになあ」と思っているだろうと指摘してきた、って。
いまこう推測しましたよ。じっくりふり返ってみますね。
スピーチを早く終わってほしいと願っているのを、周りのひとたちに見抜かれ、悪く思われているのではないかと気になり出した(現実)。ところが、そのAさんには、「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という「自信」があった。このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。
- ア.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
- イ.そうした背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
で、このとき、Aさんは後者イの手をとった。「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信に合うよう、現実をこう解した。
周りのひとたちが急に「スピーチ、早く終わればいいのになあ」と思っているだろうと指摘してきた。
箇条書きにしてまとめるとこうなります。
- ①スピーチを早く終わってほしいと願っているのを、周りのひとたちに見抜かれ、悪く思われているのではないかと気になる(現実)
- ②「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信がある(現実と背反している自信)
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「周りのひとたちが、スピーチ、早く終わればいいのになあと思っているだろうと指摘してきた」(現実修正解釈)
ところがAさんにはそのとき、さらにこういう自信もあった。ひとがわたしの考えを見抜くことは不可能であるはずだという自信(既出)が。で、そんな自信があったAさんには、自分の考えをひとに言い当てられたそのことが不思議に思われてならなかった。
そして以後もこれとおなじことが何度かつづいたが、とうとうあるとき、以前からずっと首を傾げていたAさんは不意に「なるほど、自分にはテレパシーがあって、それで、見抜かれるはずのない内心が他人にモレ伝わってしまうのか!」と思い至ったのではないかというところから後は、先(場面2‐Ⅰ)に推測しましたとおりです。
2020年3月5日に誤りを一点訂正しました。また2020年4月18日に、内容はそのままに文字を一部追加しました。さらに2021年8月9,10,11,12,19日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/10)はこちら。
*前回の短編(短編NO.9)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。