*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.41
◆この女性の「訴え」は何か
「ブス、ブス」という声が聞こえてきて、うるさくて堪らないという「訴え」のほうからいきますね。
女性は、ひとにブスと思われているのではないかと気になって仕方がなかったのかもしれませんね。ひとにブスと思われているのではないかと気にするのが止められなかったのかもしれませんね。
だけど、その女性からすると、自分が日々しきりにそんなことを気にしたりするはずはなかった。
いや、いっそ、その女性の見立てを、語弊があるかもしれませんけど、こう言い改めてしまいましょうか。そのときその女性には、自分がそんなことを気にしているはずはないという自信があったんだ、って。
いま言ったことを箇条書きにするとこうなります。
- 現実:ひとにブスと思われているのではないかと気になって仕方がない。
- 自信:自分がそんなことを気にしているはずはない。
このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、俺には思われます。
- A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう、訂正する。
- B.その背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう、修正する。
では、もしそこでこの女性が前者Aの「自信のほうを訂正する」手をとっていたら、どうなっていたか、ひとつ想像してみましょうか。
もしとっていたら、この女性は目を丸めながら、「自信」をこう改めることになっていたかもしれませんね。
思ってもみないことだったけど、自分には、ひとにブスと思われているのではないかと盛んに気にするところがあるんだな、って。
でもこの女性が実際にとったのは後者Bの「現実のほうを修正する」手だった。自分がひとにブスと思われているのではないかと気にしているはずはないとするその自信に合うよう、この女性は現実をこう解した。
「ブス、ブス」と言う声が聞こえてきて、うるさくて堪らない、って。
いまの推測を簡単にまとめるとこうなります。
- ①ひとにブスと思われているのではないかと気になって仕方がない(現実)。
- ②そんなことを気にしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「『ブス、ブス』と言う声が聞こえてきて、うるさくて堪らない」(現実修正解釈)
さて、この女性は、「ブス、ブス」という声が聞こえてきて、うるさくて堪らないと「訴え」ていた、とのことでしたね。その「訴え」は、いまの考察から、こうしたことを「訴え」るものと言えるようになったのではないでしょうか。
ひとにブスと思われているのではないかと気になって仕方がないその「苦しさ」を訴えるものである、って。
2021年8月12日、同年11月16日に文章を一部訂正しました。
*前回の短編(短編NO.40)はこちら。
*このシリーズ(全48短編を予定)の記事一覧はこちら。