*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.10
◆場面4(家のなかを覗かれる)
こうして急速に居場所がなくなってきたAさんはついに家のなかでも、従業員たちのことを気にするまでになります。
居たたまれなくなり「この人たちから逃げたい」と思いましたが、今度は家に帰った後もその人たちが家のなかをのぞき、部屋の様子や家族のことを噂するのです。
どこに行っても、寝ているとき以外はつねに頭の中を監視され、息さえも自由に吸えない状況にまで追い込まれていきました。私はさんざん悩んだあげく「早くこの人たちに幸せになってほしい」「私をいじめることに夢中になっていないで幸せになって」と祈りました。
Aさんはいま言っていましたね。「家に帰った後もその人たちが家のなかをのぞき、部屋の様子や家族のことを噂するのです」って。これは、Aさんが家に帰ってきても、部屋のなかの様子や家族のことすらそのひとたちに(なぜか)知られていて、噂されているのではないかと心配するまでになった(現実)ということを意味するのではないでしょうか。
でも、Aさんからすると、そうした場面で、自分が、従業員たちにどう思われているかを気にしたりするはずはなかった。いや、ここでも、そのAさんの見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてしまいましょう。そのときAさんには、「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があったんだ、って。で、Aさんはここでもその自信に合うよう、現実をこう解した。
家に帰ったあとも、従業員たちがわたしの部屋の様子や家族のことを噂しているのが、聞こえてくる。覗かれているんだ。
- ①家に帰ってきても、部屋のなかの様子や家族のことを従業員たちに(なぜか)知られていて、噂されているのではないかと心配になる(現実)。
- ②「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「家に帰ったあとも、従業員たちがわたしの部屋の様子や家族のことを噂しているのが、聞こえてくる。覗かれているんだ」(現実修正解釈)
職場ではトイレのなかでさえ息がつけず、とうとう家のなかもAさんの居場所ではなくなった。Aさんはこう訴えていましたね。「どこに行っても、寝ているとき以外はつねに頭の中を監視され、息さえも自由に吸えない状況にまで追い込まれていきました」って。これは、Aさんが、起きているあいだ中ずっと、自分の考えを従業員たちに見抜かれ、嗤われたり噂されたりしているのではないかと心配するまでに追い詰められていった(現実)ということを意味するのではないでしょうか。
だけど、Aさんからしてみると、自分が、従業員たちにどう思われているかを、日々の生活において、気にしたりするはずはなかった。すなわち、Aさんにはつねに、「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があった。で、その自信に合うよう、現実をこう解した。
従業員たちが、わたしを嗤ったり噂したりしているのがずっと聞こえてくる。寝ているとき以外はずっと頭のなかを覗き込まれている、って。
- ①起きているあいだ中ずっと、自分の考えを従業員たちに見抜かれ、嗤われたり噂されたりしているのではないかと気にしている(現実)。
- ②「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「従業員たちが、わたしを嗤ったり噂したりしているのがずっと聞こえてくる。寝ているとき以外はずっと頭のなかを覗き込まれている」(現実修正解釈)
2020年4月18日に、内容はそのままに文字を一部追加しました。また2021年8月9,10,11,12日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/10)はこちら。
*前回の短編(短編NO.9)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。