(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「わたしはエスパーだ」「頭のなかを監視されている」を理解する(統合失調症理解#3)(8/10)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.10


◆場面5

 そして最後にAさんはこう言って、話を締めくくっていましたね。

 いわゆる病気の症状としての被害妄想は、いまでも全然変わっていないし、治ってもいません。いまでも、買い物に行ってもひそひそと噂されます。食堂に入っても「あいつ、よく来れるな」という言葉が聞こえます。


 Aさんはいまでも食堂に入ると店員にあいつよく来れるなと思われているのではないかと気になり、居たたまれなくなる(現実)ということなのではないでしょうか。どうですか、みなさんのなかにも、お店(むしろ洋服屋さんなどが多いでしょうか)で、店員に疎んじられているように感じられ、針のむしろにいるような気持ちになることのあるひと、けっこういるのではありませんか。世間にはひとりで食事処に入れないひともいると言いますしね? だけどAさんには自信がある。「ひとにどう思われているかを自分が気にしているはずはない」といった自信が。で、その自信に合うよう、Aさんは現実をこう解する。


 食堂に入ると、「あいつ、よく来れるな」と店員が言っているのが、わたしの耳に入ってくる、って。 

  • ①食堂に入ると、店員に「あいつ、よく来れるな」と思われているのではないかと気になる(現実)。
  • ②「ひとにどう思われているかを自分が気にしているはずはない」といった自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「食堂に入ると、『あいつ、よく来れるな』と店員が言っているのがわたしの耳に入ってくる」(現実修正解釈


ひとつまえの記事(7/10)はこちら。


前回の短編(短編NO.9)はこちら。


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