(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「監視されている」「数字が合図を送ってくる」「盗聴されている」を理解する(7/8)【統合失調症理解#4】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.11


◆盗聴されている(ⅲ)

 さあ、いま立てつづけに、ふたつの可能性(幻聴に当たらない場合)を想像しました。だけど、真相はまったく別かもしれませんね。ひょっとすると単に男性が心配し出しただけかもしれませんね。上司に嫌っていることがバレているのではないか、って。


 でも、男性からすると、自分がそこでそんな心配をしたりするはずはなかった。いや、いっそ、男性のその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、ここでこう言い換えてしまいましょうか。そのとき男性には自信があったんだ、って。上司に嫌っていることがバレているのではないかと自分が心配しているはずはない、という自信が、って。


 で、その自信に合うよう、男性は現実をこう解した


 上司の「俺のことを嫌っているの、わかってるぞ」という声が聞こえてくる、って。


 だけど、男性にはこんな自信もあった。自分が上司に嫌っていることがバレるようなことをしたはずはないという自信が(この自信については先ほど説明しました)。で、その自信に合うよう、男性はさらに現実をこう解した。


 上司に嫌っていることがバレている。おかしいな。バレるはずないのになあ。あ、でも、ちょ待てよ。そういえば、家で上司の悪口を言っているぞ……ううむ、どうやらこれは、上司が家のなかを盗聴しているということだとしか考えられないな、って。


 いまこう推測しました。振り返ってみますね。


 男性は、上司に嫌っていることがバレているのではないか、と心配になった(現実)。ところがその男性には、自分がそんな心配をしているはずはないという「自信」があった。


 このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかではないかと、俺には思われてなりません。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、男性はこの場面でも、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。上司に嫌っていることがバレているのではないかと自分が心配しているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 上司の「俺のことを嫌っているの、わかってるぞ」という声が聞こえてくる、って。


 男性はこのように、上司に嫌っていることがバレていると解釈した(現実)。しかしその男性にはさらに、自分が上司に嫌っていることがバレるようなことをしたはずはないという「自信」もあった。で、このように「現実自信とが再度背反したところで、男性はまた先のBの手をとった。自分が上司に嫌っていることがバレるようなことをしたはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 上司に嫌っていることがバレている。おかしいな。バレるはずないのになあ。あ、でも、ちょ待てよ。そういえば、家で上司の悪口を言っているぞ……ううむ、どうやらこれは、上司が家のなかを盗聴しているということだとしか考えられないな、って。


 長々と振り返ってきたところを箇条書きにするとこうなります。

  • ①上司に嫌っていることがバレているのではないかと心配になる(現実A)。
  • ②自分がそんな心配をしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信A)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「上司の『嫌っているの、わかってるぞ』という声が聞こえてくる」(現実修正解釈A現実B)。
  • ④自分が上司に嫌っていることがバレるようなことをしたはずはないという自信がある(現実と背反している自信B)。
  • ⑤その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「さては、家で悪口を言っているところを上司に盗聴されたにちがいない」(現実修正解釈B)。


 いま、男性の「盗聴されている」といった訴えを理解しようとして、3つの可能性(幻聴に当たらない場合をふたつ、当たる場合をひとつ)を想像してみました。だけど、真相はまったく別かもしれませんね。先に与えられたあの少ない情報だけから真相にたどり着こうとするのはかなり無茶なのかもしれませんね。





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2021年8月17,18,19日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/8)はこちら。


*前回の短編(短編NO.10)はこちら。


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