*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.10
◆場面1(男たらしだという噂が聞こえてくる)
Aさんは大手スーパーに入社したときのことから語りはじめていましたね。
入社した当初は、研修などで同期の仲間どうしで話すことが多く、先輩と仲良くなる前に男の子と話す機会のほうが多くありました。すると突然社内で「Aさんは誰々とつきあっている」という噂がはじまりました。
ということでしたね。そして、
うわさはどんどんエスカレートして、ついには「男好き」とか「次から次へと男にちょっかい出して、あの新しく入った新入社員の女は何!?」などと言われはじめるようになりました。
とのことでしたね。
Aさんは、男性と喋っているところを他の社員たちに見られ、陰で噂されているのではないかと気にし出したのかもしれませんね。「Aさんは誰々とつきあっている」とか「男好き」だとか「次から次へと男にちょっかいを出して、あの新しく入った新入社員の女は何!?」と陰で噂されているのではないか、って。
でも、Aさんからしてみると、自分がそこで、そんなことを気にし出したりするはずはなかった。いや、いっそ、そのAさんの見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてしまいましょうか。そのときAさんには、「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があったんだ、って。で、Aさんは、その自信に合うよう、現実をこう解した。
他の社員たちがわたしのことをアレコレ噂しているのが聞こえてくる、って。
いまこう推測をしましたよ。
Aさんは男性と喋っているところを他の社員たちに見られ、陰で噂されているのではないかと気にし出した(現実)。ところが、そのAさんには「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があった。このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手はつぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。
- ア.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
- イ.そうした背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
で、その場面でAさんは後者イの手をとった。「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信に合うよう、現実をこう解した。
他の社員たちがわたしのことをアレコレ噂しているのが聞こえてくる、って。
いまの推測を箇条書きしてまとめるとこうなります。
- ①男性と喋っているところを他の社員たちに見られ、陰で噂されているのではないかと気になる(現実)
- ②「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信がある(現実と背反している自信)
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「他の社員たちがわたしのことを噂しているのが聞こえてくる」(現実修正解釈)
さあ、いまの要領で、どんどんつづきを見ていきますよ。
2020年4月18日に、内容はそのままに文字を一部追加しました。また2021年8月9,10,11,12日に文章を一部修正しました。
*前回の短編(短編NO.9)はこちら。
*このシリーズ(全26短編を予定)の記事一覧はこちら。