(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「他人が身体のなかに入ってくる」を理解する(統合失調症理解#8)(3/5)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.16


◆推測その2

 だけど、真相はむしろ、つぎのようなことであるかもしれないと俺には思われないでもありませんよ。


 すなわち、Dさんは、ひとと目が合ったり、すれ違ったりしただけでも、内心悪く思われたのではないかと気になって平静さを失い、「ああだこうだと考えはじめてしまう(あるいは、「ああだこうだと独りごちはじめてしまう)。自分はほんとうに悪く思われたのだろうか、とか、自分の何がいけないのか、とか、今後どうすれば自分は悪く思われないで済むのだろうか、といったようなことを。そして、胸の辺りが嫌ァな気持ちでいっぱいになる(現実)。


 ところが、そのいっぽうでDさんには「自信」がある。自分はふだんどおり平然としていられているはずだといった自信が。


 そのように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、やはり、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.現実に合うよう、自信のほうを修正する。
  • B.自信に合うよう現実のほうを修正する


 で、Dさんはその場面で、後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手をとる。自分はふだんどおり平然としていられているはずだといったその自信に合うよう、現実をこう解する。


 目が合ったり、すれ違ったりしたあと、ひとが、平然としているわたしの口や喉のなかに入ってきて勝手にああだこうだと喋ったり、胸のところに入り込んできて不快なことをしはじめたりするんだ、って。


 つまり、Dさんはそうして、「自分が平静さを失い、『ああだこうだと考えている(もしくは独りごちている)」という現実を一転、「さっきのひとが平然としているわたしの口や喉のなかに入ってきて喋っている」ということにし、また「自分が胸の辺りに不快感を覚えている」ということについても、「平然としているわたしの胸のなかに、さっきのひとが入り込んできていやらしいことをしている」ということにするのかもしれない、って。


 くどいですけど、いまの推測についても箇条書きにしてまとめてみますよ。

  • ①ひとと接すると、内心悪く思われたのではないかと気になって平静さを失い、「ああだこうだ」と考えはじめてしまう(もしくは独りごちはじめてしまう)。そして胸の辺りが嫌ァな気持ちでいっぱいになる(現実)。
  • ②自分はふだんどおり平然としていられているはずだといった自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解する。「さっきのひとが、平然としているわたしの口や喉のなかに入ってきて勝手に『ああだこうだ』と喋ったり、わたしの胸のところに入り込んできて不快なことをしはじめたりするんだ」(現実修正解釈


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