*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.16
◆推測その3(おぞましい想像をしてしまう)
さあ、いま立てつづけに推測をふたつしました。でも実のところ俺には、事の真相はつぎのようにもっと単純なことなのかもしれないと、思われないでもありません。
みなさん、つい、おぞましい想像をして、みずからを苦しめてしまうといったこと、ありませんか。
たとえば、汚いものの映像を食事中につい思い浮かべてしまうとか、好きなひとのことを考えてうっとりしているときに、ついそのひとの変な顔を想像して水を差してしまうとかといったようなことがありませんか。
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たとえば、こんな感じの想像のことです。
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Dさんのこの場合も、そういうことである可能性は無くはありませんね? ひとと接したのをカッキケにDさんはつい、おぞましい想像をして自分を苦しめてしまう(現実)。そのひとが、こちらの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするといったおぞましい想像を。
だけど、Dさんからすると、そうした場面で自分が、そんなおぞましい想像をしたりするはずはなかった。いや、Dさんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、いっそ、こう言い換えてしまいましょうか。そうしたときのDさんには、自分がおぞましい想像をしているはずはないという「自信」があるんだ、って。
このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、先ほどから何度も言っていますように、つぎのふたつのうちのいずれかではないかと俺には思われます。
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A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
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B.その背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
で、Dさんはその場面で、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとる。すなわち、自分がおぞましい想像をしているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解する。
すれ違ったり、目が合ったりしたのをキッカケにひとがほんとうに、わたしの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするんだ、って。
箇条書きでまとめるとこうなります。
- ①ひとと接したのをカッキケに、ついおぞましい想像をしてしまう。そのひとがこちらの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするといった想像を(現実)。
- ②自分がおぞましい想像をしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解する。「そのひとがほんとうにわたしの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするんだ」(現実修正解釈)
以上ここまで、Dさんの訴えを見てきました。どうでした? 統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたそのDさんは、(精神)医学が言うようにほんとうに「理解不可能」であると、みなさんには思われました? 「永久に解くことのできぬ謎」だと思われました?
いや、むしろ、「理解可能」だと確信されたのではありませんか。
もちろん、いまDさんのことを完璧に理解し得たとは俺自身、まったく思いませんよ。正直な話、ガックリと落ち込んで反省しているくらいですよ。あまりにも少ない情報から強引にDさんのことを想像しようとしすぎたようだ、って。
だけど、そうは言ってもさすがに、Dさんがほんとうは「理解可能」であるということは、いまの考察からでも、十分明らかになりましたよね?
みなさんのように申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、もうすこし情報が付け加えられさえすれば、Dさんのことが完璧に理解できるにちがいないということは、いま十分に示せましたね?
Dさんや、Dさんに似たひとたちのことを、(精神)医学は理解できてきませんでした。だけどそれは単に、Dさんたちのことを理解するだけの力が(精神)医学にはなかったということにすぎないと、いま極めてハッキリしましたね?
2021年9月11,12日文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/5)はこちら。
*前回の短編(短編NO.15)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。