(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「他人が身体のなかに入ってくる」を理解する(統合失調症理解#8)(4/5)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.16


◆推測その3

 さあ、いま立てつづけに推測をふたつしましたね。でも実のところ俺には、事の真相はつぎのようにもっと単純なことなのかもしれないと、思われないでもありません。


 みなさん、つい、おぞましい想像をして、みずからを苦しめてしまうといったこと、ありませんか。


 たとえば、汚いものの映像を食事中につい想像してしまうとか、好きなひとのことを考えてうっとりしているときに、ついそのひとの変な顔を想像して水を差してしまうとかといったようなことが?


(参考:たとえば、こんな感じの想像のことですよ。)


 Dさんのこの場合も、そういうことである可能性は無くはありませんね? ひとと接したのをカッキケにDさんはついおぞましい想像をして自分を苦しめてしまう現実)。そのひとがこちらの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするといったおぞましい想像を


 だけど、そのいっぽうでDさんには「自信」がある。自分がおぞましい想像をするはずはないといった自信が。


 そのように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、先ほどから何度も言っていますように、つぎのふたつのうちのいずれかではないかと俺には思われます。

  • A.現実に合うよう、自信のほうを修正する。
  • B.自信に合うよう現実のほうを修正する


 で、Dさんはその場面で、後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手をとる。すなわち、自分がおぞましい想像をするはずはないといったその自信に合うよう、現実をこう解する。


 すれ違ったり、目が合ったりしたのをキッカケにひとがほんとうに、わたしの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするんだ、って。


 箇条書きでまとめるとこうなります。

  • ①ひとと接したのをカッキケに、ついおぞましい想像をしてしまう。そのひとがこちらの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするといった想像を(現実)。
  • ②自分がおぞましい想像をするはずはないといった自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解する。「そのひとがほんとうにわたしの口や喉のなかに入ってきて勝手に喋ったり、胸のなかに入り込んできていやらしいことをしはじめたりするんだ」(現実修正解釈


 以上ここまで、Dさんの訴えを見てきました。どうでした? 統合失調症と診断され、「理解不可能と決めつけられてきたそのDさんは、(精神)医学が言うようにほんとうに「理解不可能」であると、みなさんには思われました? 「永久に解くことのできぬ謎」だと思われました?


 いや、むしろ、「理解可能だと確信されたのではありませんか。


 もちろん、いまDさんのことを完璧に理解し得たとは俺自身、まったく思いませんよ。正直な話、ガックリと落ち込んで反省しているくらいですよ。あまりにも少ない情報から強引にDさんのことを想像しようとしすぎたな、って。


 だけど、そうは言ってもさすがに、Dさんがほんとうは理解可能であるということはいまの考察からでも十分明らかになりましたよね?


 みなさんのように申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、もうすこし情報が付け加えられさえすれば、Dさんのことが完璧に理解できるにちがいないということは、いま十分に示せましたね?


 Dさんや、Dさんに似たひとたちのことを、(精神)医学は理解できてきませんでした。だけどそれは単に、Dさんたちのことを理解するだけの力が(精神)医学にはなかったということにすぎないと、いま極めてハッキリしましたね?


ひとつまえの記事(3/5)はこちら。


前回の短編(短編NO.15)はこちら。


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