(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「話が途切れ途切れになる」「頭が飛ぶ」「ピコーンときてバリバリする」を理解する(統合失調症理解#15)(4/8)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.30


◆「理解可能」なひとを「理解不可能」であることにする

 ところが、(精神)医学には、おのれの人間理解力が未熟であるという自覚はこれっぽっちもありません。むしろ反対に、(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだという根拠のない自信すら、揺るぎなくあります。で、その自信に合うよう、(精神)医学は現実をこう解してきました。


 音大生さんは、完全無欠な人間理解力をもった(精神)医学にすら理解できないということから、「理解不可能」な人間だと考えられる、って。


 いま、こう言いましたよ。


(精神)医学は、人間理解力が未熟で、音大生さんのことが理解できない(現実)。しかしその(精神)医学には、(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだという「自信」がある。


 このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、やはり俺には思われます。

  • A.「現実」に合うよう、「自信」のほうを訂正する。
  • B.「自信」に合うよう、「現実」のほうを修正する。


 では、そこで(精神)医学はそのどちらをとるのか。とるのは、先ほどの音大生さんとおなじく、後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手である。(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだとするその自信に合うよう、(精神)医学は、現実をこう解する。


 音大生さんは、完全無欠な人間理解力をもった(精神)医学にすら理解できないということから、「理解不可能」な人間だと考えられる。


 こうして(精神)医学は、おのれの人間理解力が未熟であることを認めるのが嫌さに、ほんとうは理解可能である音大生さんのことを、「理解不可能と決めつけ差別してきたわけですよ。


 いまの推測を箇条書きにしてまとめてみると、こうなります。

  • ①人間理解力が未熟な(精神)医学には、「理解可能」である音大生さんのことが理解できない(現実)。
  • ②(精神)医学には、(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、(精神)医学は、現実をこう解釈する。「音大生さんは、完全無欠な人間理解力をもった(精神)医学にすら理解できないということから、『理解不可能』な人間だと考えられる」(現実修正解釈


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