(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.6(統合失調症理解#14)(5/5)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.26


◆ここまでを簡単に振り返る

 先の引用の直後をさらに見ていきますよ。とうとう小林さんは、悪意あるその「何者か」にどん詰まりまで追い詰められてしまいます。

 僕は心底疲れ、往来の真ん中で大声で叫んだ。(略)僕は、僕に課せられたこの試練はCIAか内閣調査部の仕業だと思い、


「田中(角栄)さーん、竹下(登)さ―ん、勘弁してくださいよ!」


 と叫んでしまったのだ(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.118、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 さあ、いま、ひと区切りつきました。ここでいったん立ち止まってみますね。


 ここまで、小林さんが統合失調症突然発症したとされる日と、その翌日の途中までを見てきました。小林さんは、7月24日(木)、同僚が会社にもってきた新聞に、国が「国家機密法」の国会再提出に熱意を見せていると書いてあるのを読んで、国が自分のことを守ろうとしてくれているのだと本気で思い込んだ。で、その翌日、助言を求めて早稲田大学を訪れ、ちょうどいま見ましたように、CIAもしくは内閣調査部につけ回されていると逃げ惑うことになった、ということでしたね。その間の小林さんの言動は、見てきましたように、(精神)医学に、統合失調症の症状と見なされ、「理解不可能と決めつけられるだろうものばかりでしたね。


 でも、どうでした? 小林さんのそうした言動は、ほんとうに「理解不可能」であると、みなさん、思われました?


 むしろ、「理解可能であると確信されたのではありませんか。


 小林さんは、みなさんや世間のひとたちが、ふだんついしてしまうのとおなじように、「現実を自分に都合良く解釈していた」にすぎませんね? そして、ふだんみなさんにもよくあるように、そのことに気づいていなかっただけですね?


 みなさん、ようく自分自身のことをふり返ってみてくださいよ。あまりにも「現実を自分に都合良く解釈してしまった」と後で気づく場面が、日々ありませんか。もしくは、みなさん、周囲のひとたちのことを考えてみてくれますか。どうですか。多くのひとたちが、ふだんしきりに「現実を自分に都合良く解釈している」のに思い当たりはしませんか。


 いや、もちろん、いま小林さんのことを完璧に理解し得たと言うつもりは俺にはサラサラありませんよ。正直なところ、多々誤ったふうに小林さんのことを決めつけてきてしまったのではないかと、気が咎めてならないくらいですよ。


 でも、さすがに十分明らかになっていますよね? ここまで見てきた小林さんの言動がほんとうは理解可能であるということは。


 みなさんのように、申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、ここまで見てきた小林さんの言動が完璧に理解できるということは、ね?


(精神)医学はこうした小林さんのことを理解できてはきませんでした。だけどそれは単に、小林さんのことを理解するだけの力が(精神)医学にはないということにすぎないと、もはやハッキリしましたね?


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次回は9月21日(月)21:00頃にお目にかかります。


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