*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29
あらすじ
小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で9回目、最後になります。小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日とその翌日の模様を見てきました。
統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、全9回にわたり、実地にひとつひとつ確認してきました。
今回の目次
・新聞配達の物音を聞き間違える
・あるいは勝手にひとつに決めつける
・とんねるず木梨がすずめの声で交信しはじめる
・全9回をとおして確認できたこと
・(精神)医学も「現実を自分に都合良く解釈する」
◆新聞配達の物音を聞き間違える
統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)、助言を求めて訪れた母校、早稲田大学からなんとか帰宅した小林さんは、深夜、午前3時頃に目が覚めたあと、ひととテレパシーで交信しはじめたとのことでしたね。
そのつづきを見ていきますよ。
そうこうしているうちに空が白んできた。郵便屋らしきバイクの音が四、五回して家の前に停まって、何か郵便物をポストに入れては去っていった。妹に、僕の扱いに関する指令を届けているんだと思った。すずめが鳴き始めた。最初は訳のわからないすずめの声だったが、だんだんそれが日本語に聞こえ始めた。
「木梨か?」
と聞くと、
「チュン(はい)」
と答えた。木梨憲武はこれ以降、すずめの声で僕と交信を取り始めたのだ(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.130-131、ただしゴシック化は引用者による)。
7月、空が白んでくるころと言えば、朝の4時くらいでしょうか。配達人が「何か郵便物をポストに入れては去っていった」と書いてありました。物音から小林さんはそう推測したのでしょうけど、おそらくそれは、早朝に起きているひとなら誰しもよく知っている、新聞配達の物音だったのではないでしょうか。
だけど、それが新聞配達の音だとは、小林さんには思いもつかなかったのかもしれませんね。小林さんからすると、そんな時刻にひとが配達にきたりするはずはなかった、のかもしれませんね。
いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、いつものように、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには、ふつうならこんな時刻にひとが配達に来ているはずはないという自信があったんだ、って。
で、その自信に合うよう、小林さんは現実をこう解した。
誰かが何か特別なものをもって来たようだな。政府の命を受けた誰かが「妹に、僕の扱いに関する指令を届け」に来たにちがいないな。
2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。
*このシリーズは全9回でお送りしてきました。
- vol.1
- vol.2
- vol.3
- vol.4
- vol.5
- vol.6
- vol.7
- vol.8(前回)
*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。