*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.27
あらすじ
小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で7回目です(全9回)。
小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日の模様からはじめ、現在はその翌日を見ているところです。
統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、実地にひとつひとつ確認しています。
今回の目次
・自民党宮沢氏「こんなに嬉しいことはありません」
・同時に他の可能性にも思いをはせる
・宮崎キャスター「一人が発狂しました」
・誰かがあわててドア向こうの階段を駆け降りていく
・正体を確かめに行ってはいけない
◆自民党宮沢氏「こんなに嬉しいことはありません」
さあ、引用のつづきをもうしばらくのあいだ、見させてもらいますよ。
小林さんが、統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)に、母校、早稲田大学を訪れ、CIAもくしは内閣調査部につけ回されていると誤解して逃げ惑うことになったところまでを見ましたよね。
小林さんはその後、なんとか電車を乗り継いで帰宅します。
テレビをつけると、『ニュースセンター9時』をやっていた。途中からだったので何のニュースかわからなったが、自民党の宮沢さんがニコニコ顔でインタビューに応じて「こんなに嬉しいことはありません」と言っていた。当時そんなに明るいニュースがあったとは思えず、僕が現実の本当の姿に気づいたことがこの人はそんなに嬉しいのかと思った。宮崎緑キャスターが、「アミノ酸製剤を四人に投与したところ、一人が発狂しました」という意味不明のニュースを報じたが、「発狂」という言葉を聞いて、これも僕に関わるニュースだな、と直感した(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2010年、p.123、ただしゴシック化は引用者による)。
小林さんが帰宅してテレビをつけるとニュースをやっていて、「自民党の宮沢さんがニコニコ顔でインタビューに応じて『こんなに嬉しいことはありません』と言っていた」ということでしたね。で、それを聞いた小林さんは、「当時そんなに明るいニュースがあったとは思えず、僕が現実の本当の姿に気づいたことがこの人はそんなに嬉しいのかと思った」とのことでしたね。
ひょっとすると、このとき小林さんは、いまにも自分のことが報じられるのではないかとビクビクしながらテレビを見ていたのかもしれませんね。だって、日中、早稲田大学で小林さんの身に起こったことは大事件ではありませんでしたか? 途中、「すれ違う人が皆、僕に殺意を持っているような気がして、『殺さないでください。殺さないでください』と会う人会う人に頼みながら歩いて行った」(同書p.117)というくらいでしたよね?
そんなふうにビクビクしながらテレビを見ていた小林さんは、宮沢氏が「こんなに嬉しいことはありません」と言っているのを聞いてとっさに、自分のことを言っていると閃いたのかもしれませんね。
宮沢氏は「僕が現実の本当の姿に気づいたこと」を喜んでいるんだ! って。
言ってみれば、こういうことですよ。いまにも殺し屋がやって来るのではないかと怯えているひとが、ちょっとした物音からでも、「殺し屋が来た!」と身構えるように(そういうものなのではありません?)、いまにも自分のことが報じられるのではないかとビクビクしながらテレビを見ていた小林さんは、宮沢氏のその発言を聞き、とっさに、「自分のことを言っている!」と早合点したのではないか、ということですよ。
このとき小林さんはまだかなり動転していたのではないかと俺、想像します(政府につけ回されているということであれば、誰だってそうなりません?)。
前回の短編(短編NO.26)はこちら。
このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。