(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「スーパースターに愛されている」を理解する(統合失調症理解#10,11)(3/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.18


 いま俺、こう推測しましたよ。こ
の女性は、世界的スーパースターのことが気になって気になって仕方がなかった(現実)。ところがそのいっぽうで、この女性には「自信」があった。自分がその世界的スーパースターのことを気にしているはずはないといった「自信」が、って。そのように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  1. 現実に合うよう、自信のほうを修正する。
  2. 自信に合うよう現実のほうを修正する


 そこでもしこの女性が前者1の「現実に合うよう、自信のほうを修正する」手をとっていたら、果してどうなっていたでしょうね? もしとっていたら、この女性は驚きながら、つぎのように認識を改めることになっていたかもしれませんね。


「まさか、この自分が、世界的スーパースターに夢中になっているのだとは! 自分にもこんなミーハーな部分があるのだとは、つゆ思ってもみなかったなあ」。


 でもこの女性が実際にとったのは、後者2の「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手だった。自分が世界的スーパースターのことを気にしているはずはないといった自信に合うよう、この女性は現実をこう解した。


 世界的スーパースターがしきりにわたしに言い寄ってくる。病院に迎えに行くとしきりに約束もしてくる。世界的スーパースターにわたしは愛されているんだ。


 いまの推測を箇条書きにしてまとめると、こうなります。

  • ①世界的スーパースターのことが気になって気になって仕方がない(現実)。
  • ②自分がその世界的スーパースターのことを気にしているはずはないといった自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「世界的スーパースターがしきりにわたしに言い寄ってくる。病院に迎えに行くとしきりに約束もしてくる。世界的スーパースターにわたしは愛されているんだ」(現実修正解釈


 さあ、ここまで、まず、みなさん、どうでした? いま見ましたひとり目の女性のことを(精神)医学は統合失調症と診断し、「理解不可能」と決めつけてきましたけど、ほんとうにこの女性のことを、「理解不可能」と思いました?


 むしろ、「理解可能」だと確信したのではありませんか。


 もちろん、この女性のことをいま完璧に理解し得たと言うつもりは、俺にはまったくありませんよ。多々誤解してしまったのではないかと気が咎めているというのが、ウソ偽らざる俺のいまの心境ですよ。


 でも、そうは言ってもさすがに、この女性がほんとうは理解可能であるということは、いまの考察からでも十分明らかになりましたよね?


 みなさんのように、申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、この女性のことが完璧に理解できるにちがいないということは、いま十分に示せましたね?


 この女性のことが(精神)医学に理解できないのは、単に、この女性のことを理解するだけの力が(精神)医学にはないということにすぎないと、いま極めてハッキリしましたね?


ひとつまえの記事(2/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.17)はこちら。


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