(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「スーパースターに愛されている」を理解する(統合失調症理解#10,11)(4/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.18


◆感じているところが錯覚である可能性

 ではここで、ふたり目の女性にも登場してもらいますよ。その女性も、先の女性とおなじく、統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきました。

 ある若い女性のケースを例に引こう。彼女は、自分が人気ミュージシャンから愛されているという妄想を抱いていた。彼女にとって、テレビや雑誌を見ることはスリリングで、心騒ぐ楽しみであった。というのも、彼女を愛しているミュージシャンが番組の最中にあるいは雑誌の記事の中であるいは歌う歌詞に託して彼女に向けた特別のメッセージを送ってくるからだった番組の最中にも彼は大胆不敵にも彼女に合図を送ってくるのだ彼女だけを強く見つめてきたり意味深な言葉を口にする。彼女は、恥ずかしくてドキドキしてしまう。


「私のことを全部知っているんです。そういうことってあり得るんですかね」とか、「番組中なのに、そんなことまで言っていいのかなって、私のほうが心配になって」と気を揉むのだ(岡田尊司統合失調症PHP新書、2010年、pp.235-236、ただしゴシック化は引用者による)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 こう書いてありましたね。「彼女にとって、テレビや雑誌を見ることはスリリングで、心騒ぐ楽しみであった。というのも、(略)ミュージシャンが番組の最中に、あるいは雑誌の記事の中で、あるいは歌う歌詞に託して、彼女に向けた特別のメッセージを送ってくるからだった。番組の最中にも、彼は大胆不敵にも、彼女に合図を送ってくるのだ。彼女だけを強く見つめてきたり意味深な言葉を口にする。彼女は、恥ずかしくてドキドキしてしまう」んだ、って。


 これがいったいどういうことなのか、いまから考察していきますよ。


 でもそのまえに、「感じるということについてあらかじめひとつ確認させておいてもらっても構いません?


 みなさん、いきなりですけど、何を聞いても下ネタに聞こえるといった経験を思春期頃、したこと、ありませんか。決まり悪がらずに、ようく思い返してみてくださいよ。


 どうですか。そうしたときみなさんは、事態がつぎのふたつのうちのいずれに当たるのか、決めかねたこと、ありませんか。

  • A.相手がほんとうに下ネタを言ってきている。
  • B.相手が下ネタを言ってきているとこちらが勝手に「感じている」だけである(錯覚している)。


 いや、何も下ネタを例に出すことはありませんでしたね。ひとに嫌みを言われているように「感じる」場面を例に挙げたほうがよかったといま、気づきましたよ。「嫌み」についての経験なら、みなさんもきっと素直に考察できるはずですしね? ひとに嫌みを言われているように「感じる」とき、みなさんは事態がつぎのどちらに当たるのか、判断に迷うこと、ありませんか。

  • A.相手がほんとうに嫌みを言ってきている。
  • B.相手が嫌みを言ってきていると自分が勝手に「感じている」だけである(錯覚している)。


 相手が「下ネタ」を言ってきていると「感じられても、かならずしもほんとうに相手が下ネタを言ってきているとは限らないし、相手が「嫌み」を言ってきていると「感じられるときもそれと同様である、ということですよね? 「感じているところが錯覚にすぎないことがままありますね?


 それは、ひとが好意を寄せてきていると「感じ」られるときもおなじではありませんか。


 相手から「好意」を寄せられていると「感じる」が、果して真相はつぎのどちらなのだろうと頭を悩ませた経験、みなさんにならきっとあるだろうと、俺、ニラんでます。

  • A.相手がほんとうに好意を寄せてきている。
  • B.相手が好意を寄せてきていると自分が勝手に「感じている」だけである(錯覚している)。


 先の「下ネタ」「嫌み」の場合とおなじく、「感じている」ところが錯覚である可能性があるだけに、みなさん、しばしば判断に迷ったのではありませんか。


ひとつまえの記事(3/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.17)はこちら。


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