(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「スーパースターに愛されている」を理解する(5/7)【統合失調症理解#10,11】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.18


◆「ミュージシャンが愛のメッセージを送ってくる」

 さて、現に「感じている」ところが錯覚である可能性がときにあるということをいま、3例を挙げて確認しました。下準備、完了しました。遅ればせながら、ふたり目の女性を見ていきますね。


 ふたり目の女性についてこう書いてありましたよね。「彼女にとって、テレビや雑誌を見ることはスリリングで、心騒ぐ楽しみであった。というのも、(略)ミュージシャンが番組の最中に、あるいは雑誌の記事の中で、あるいは歌う歌詞に託して、彼女に向けた特別のメッセージを送ってくるからだった。番組の最中にも、彼は大胆不敵にも、彼女に合図を送ってくるのだ。彼女だけを強く見つめてきたり意味深な言葉を口にする。彼女は、恥ずかしくてドキドキしてしまう」んだ、って。


 ひょっとすると、そのミュージシャンの、記事、番組、歌、のなかでの言葉がその女性には自分にのみ向けられた意味深な言葉、つまり、自分のためだけに囁かれた愛や励ましの言葉と聞こえた(感じられた)のかもしれませんね。またそのミュージシャンがブラウン管ごしに全国のファンへ送る視線がその女性には自分だけを見つめてくる熱い視線と感じられた」のかもしれませんね。


 恋をしていたこの女性には、全国のファンに向けられたミュージシャンの言葉や視線がことごとく、自分だけに向けられた意味深なものと「感じられた」。ほらさっき、「下ネタ」「嫌み」「好意」の3つを例に、この「感じる」ということについて確認しましたよね? 現に「感じている」ところが錯覚にすぎない場合もあるんだ、って。その3例のときとおなじように、この女性のいまの場合も、事態はつぎのふたつのうちのいずれかであると考えられはしませんか。

  • A.事実は、この女性の感じていたとおりだった(ミュージシャンの言葉と視線はほんとうにこの女性だけに向けられていた)。
  • B.この女性は錯覚していた(ミュージシャンの言葉と視線はこの女性だけに向けられたものではなかった)。


 どうですか。みなさんは、この女性のいまの場合、事態はそのふたつのうちのどちらだったと思いますか。


 そうですよね。やはり、事態はB(錯覚)だったのではないかと思いますね? この女性は、ミュージシャンが全国のファンに向けて送る言葉や視線を、自分だけに向けられた意味深なものと錯覚していたにちがいありませんね。


 だけど、この女性からすると、自分がそうした場面で、錯覚したりするはずはなかった。いや、いっそ、この女性のその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのときこの女性には自信があったんだ、って。ミュージシャンが自分だけに向けて意味深な言葉や熱い視線を送ってきていると「感じる」、その自分の感じ方が間違っているはずはないという自信が、って。


 つまり、自分が錯覚しているはずはないという自信が、って。


 で、そんな自信があった女性には、ほんとうにミュージシャンが自分だけに向けて、意味深な言葉や熱い視線を送ってきているのだと信じられた、ということなのではないでしょうか。





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2021年9月13日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/7)はこちら。


*前回の短編(短編NO.17)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。