*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.18
◆「世界的なスーパースターに愛されている」
まずはひとり目の女性から。
ある入院中の若い女性は、世界的なスーパースターに愛されているという妄想を抱き続けていた。きっと彼が病院に迎えにきてくれると言い続けていた。病状がだいぶよくなり、外泊できるまでに回復した。あるときそのスーパースターのコンサートがあり、一人で出掛けていった。無事にコンサートを聴き終え、何事もなかったように戻ってきたので、周囲もほっとした。それから驚くべきことが起きた。彼女は、「自分が愛されていると思っていたことは、妄想だったかもしれない」と語りはじめたのだ。彼女がコンサートで期待したようなことは何も起こらなかったからだ。それからも普段通りに暮らしていたのだが、ある日、外泊中に突然自殺企図した(岡田尊司『統合失調症』PHP新書、2010年、pp.233-234、ただしゴシック化は引用者による)。
みなさんはこのひとり目の女性のことをどんなふうに想像しました? 俺はこんなふうに想像しましたよ。
この女性は、その世界的スーパースターのことが気になって気になって仕方がなかったのではないか、って。そのスーパースターのことがそれこそ四六時中、気になったのではないか、って。
この女性はそのスーパースターに夢中だった。いや、ひょっとすると、恋焦がれていたと言ったほうが的確かもしれませんね。
けど、その反面、この女性には自信があったのではないでしょうか。自分が世界的スーパースターのことを気にしているはずはないといった自信が。いや、それとも、いっそ、こう表現してしまったほうがいいでしょうか。この女性には、自分が世界的スーパースターに心を奪われているはずはないといった自信があったんだ、って。
ともあれ、この女性は、「自分が世界的スーパースターのことを気にしているはずはない」といったその自信に合うよう、現実をこう解したのかもしれませんね。
世界的スーパースターがしきりにわたしに言い寄ってくる。世界的スーパースターにわたしは愛されているんだ、って。
そしてこの女性は、その世界的スーパースターが病院に迎えに来る未来を、しきりに夢見てもいたのかもしれませんね。だけど、やはりこの女性には自信があった。自分が世界的スーパースターのことを気にしているはずはないといった自信が。で、その自信に合うよう、現実をこう解した。
世界的スーパースターが、病院に迎えに行くとわたしにしきりに約束してくる、って。
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