*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.9
◆「隣から悪口が聞こえてくる」
「隣から悪口が聞こえてくる」という前者の訴えについては以前どこかで考察したような気が、みなさん、しませんか。何か思い出しません?
統合失調症と診断されたつぎの男性患者さんのことをまえに見たの、覚えてません? その男性患者さんもこの男子大学生さんのように「悪口が聞こえてくる」と訴えていましたよね。
家族から、よく電話で浪費を諫められている男性患者は、電話でガミガミ叱責された後で、幻聴がすると訴えた。幻聴は、「小遣いばかり使って」「お菓子ばかり食べて、あんなに太っている」と自分を非難する内容だった(岡田尊司『統合失調症』PHP新書、2010年、p.95)。
その男性患者さんのことを俺、たしかこういうふうに想像しました。
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そのときの記事はこちら。
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男性患者さんは、家族から電話で浪費を諫められたあと、周りのひとたちにも内心、「小遣いばかり使って」とか「お菓子ばかり食べて、あんなに太っている」といったように悪く思われているのではないかと気にするようになったのではないか、って。しかしその男性患者さんからすると、自分がそこで、そんなことを気にし出したりするはずはなかった。要するに、そのときその男性患者さんには、自分がそんなことを気にしているはずはないという自信があった。で、男性患者さんはその自信に合うよう、現実をこう解した。
「小遣いばかり使って」とか「お菓子ばかり食べて、あんなに太っている」とボクを悪くいう声が聞こえてくる、って。
男性患者さんのこの現実解釈をいまからすこし復習してみますよ。こういうものであるとのことでしたね。
男性患者さんには「自信」があった。自分が周りのひとたちにも内心悪く思われているのではないかと気にしているはずはないという「自信」が。けど「現実」はそうした自信とは背反していた。実にそのとき男性患者さんは、そうしたことをしきりと気にしていた。俺には、そんなふうに「自信」と「現実」とが真っ向から背反するに至った場合、ひとがとり得る手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように思われます。
- A.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
- B.そうした背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
そして男性患者さんはそこでまさに後者Bの手をとった。
いま復習したことを箇条書きでまとめるとこうなります。
- ①周りのひとたちにも内心悪く思われているのではないかと気になる(現実)
- ②そうしたことを気にしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「悪口が聞こえてくる」(現実修正解釈)
初診時に、「隣から悪口が聞こえてくる」と訴えた先の男子大学生さんも、いまふり返った男性患者さんとおなじように現実を、現実に背反している自信に合うよう、修正解釈していたのではないか、ということですよ。
2020年5月23日と2021年8月4,11,12日に文章を一部訂正しました。
*前回の短編(短編NO.8)はこちら。
*このシリーズ(全26短編を予定)の記事一覧はこちら。