(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「幻聴も活発で、からかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえていた」「女性の顔の幻視を見ることもあった」を理解する(3/6)【統合失調症理解#16-vol.5】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.37


 いまこう推測しましたよ。


 2浪しているのに、予備校にも行かず、勉強もしないでいる自分を、世間はバカだと嘲笑っているのではないか、ちゃんとしろと非難しているのではないか、としきりと気になる(現実)。だけどそのNさんには、自分が世間の目を気にしているはずはないという「自信」がある。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、Nさんはその場面でも後者Bの手をとった。自分が世間の目を気にしているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 ボクを、バカだと嘲笑う声(からかうような声)や、ちゃんとしろと非難する声(嫌がらせの声)が絶えず聞こえてくる、って。


 箇条書きにするとこうなります。

  • ①ボクのことを、世間はバカだと嘲笑っているのではないか、ちゃんとしろと非難しているのではないか、としきりと気になる(現実)。
  • ②世間の目を気にしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「ボクをバカだと嘲笑う声(からかうような声)や、ちゃんとしろと非難する声(嫌がらせの声)が絶えず聞こえてくる」(現実修正解釈


 要するに、Nさんは、自分が世間の目を気にしていることに気づいていなかったのではないか、ということですよ。


 自分のことをうまく理解できていなかったのではないか、ということです。





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2021年8月16日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.5)。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.4(短編NO.36)

  • part.6(短編NO.38)


*このシリーズ(全48短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「幻聴も活発で、からかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえていた」「女性の顔の幻視を見ることもあった」を理解する(2/6)【統合失調症理解#16-vol.5】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.37


◆からかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえてくる

 前回、2浪生のNさんが、新しく通いはじめた予備校で嫌がらせを受けたと言っていた件につき、3つの可能性を挙げて考察しましたよね。


 その後、Nさんはすぐに予備校に行かなくなり、追い詰められて、自殺を考えるようになったとのことでしたね。「死ぬことばかり考えるようになった。飛び降り自殺をしようと思い、ビルの屋上に何度か行ったが、怖くてできなかった」とのことでしたね。


 死ぬこともできず、さらに追い詰められたわけですね。


 そしてその頃、「幻聴も活発でからかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえてきた」ということでした。


 2浪しているのに、予備校にも行かず、勉強もしないでいる自分を、世間はバカだと嘲笑っているのではないかちゃんとしろと非難しているのではないかとNさんはしきりと気になったのかもしれませんね。


 でも、Nさんからすると、自分がそこで世間の目を気にしたりするはずはなかったのかもしれません。


 いや、いっそ、Nさんのその見立ても、語弊を怖れながらも、こう言い直してみることにしましょうか。そのときのNさんには、自分が世間の目を気にしているはずはないという自信があったんだ、って。


 で、その自信に合うよう、Nさんは現実をこう解した。


 ボクを、バカだと嘲笑う声(からかうような声)や、ちゃんとしろと非難する声(嫌がらせの声)が絶えず聞こえてくる、って。





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2021年8月16日に文章を一部修正しました。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.5)。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.4(短編NO.36)

  • part.6(短編NO.38)


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統合失調症の「幻聴も活発で、からかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえていた」「女性の顔の幻視を見ることもあった」を理解する(1/6)【統合失調症理解#16-vol.5】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.37

目次
・まえおき
・からかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえてくる
・女性の顔の幻視を見る
・part.5の締めの言葉


◆まえおき

 ここのところずっと、「思春期に発症し典型的な経過がみられた統合失調症のケース」*1とされるNさんの事例を見させてもらっていますよね。


 その事例の当事者Nさんが、(精神)医学の見立てに反し、ほんとうは理解可能であることを、実地にひとつずつ確認しながら、話しを進めているところですね?


 前回、引用第3部(引用最終部)に入りましたけど、冒頭の2段落しか見られませんでした。今回はそのつづきを見ていきます。


 以下、引用第3部です。今回見るのは、その第2段落目後半と第3段落目ですよ。

 精神科に入院

 浪人した年の十一月、このような生活状況を心配した母親にすすめられて、Nさんは精神科を受診した。そこで服薬を始めたが精神状態は安定せずに、翌年の受験は再び失敗に終わった。


 二浪目に入り、これまでとは別の予備校に入学した。だが、他の学生にいやがらせをされたと言って、すぐに登校しなくなった。Nさんは死ぬことばかり考えるようになった飛び降り自殺をしようと思いビルの屋上に何度か行ったが怖くてできなかった


 幻聴も活発でからかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえてきた女性の顔の幻視を見ることもあったゴールデンウィークの直前、Nさんはけじめをつけると言って、突然予備校をやめてしまう。


 五月の下旬からは、Nさんは何もする気がしなくなった。一日中横になっていて、テレビがついていても見る気がしなくなった。本人は、「すべてに無関心になって、空虚な感じがして、何をするのも、食事をするのも、歯を磨くのも、風呂で体を洗うのもめんどうくさい」のだと言う。実際、入浴を介助してもらい、母に身体を洗ってもらったこともあった。


 六月の末になり、本人の状態が比較的落ち着いていたので、両親は以前から計画していた海外旅行に行った。親は旅先から電話を入れたが、本人は一度も電話に出なかった。Nさんは両親の旅行中、不安感、焦燥感が強まり、通院中の病院に何度も電話して、死にたいと訴えたが、きちんと服薬するように指示されただけだった。


 両親の帰国後、不安定な状態はますます強くなった。母親の目の前でビルに上り、飛び降りて死んでしまいたいと訴えることが起きたため、彼は両親につれられ私が勤務していた精神科を受診して入院となった。


 入院直後から抗精神病薬の投与がなされたが、Nさんの状態はすぐには改善しなかった。本人は、「やっぱり辛い、帰りたい」と訴える。翌朝になっても、「辛くて仕方がない。だれも、食事を持ってきてくれない、歯磨きをする場所が遠い」「入院がこんなに辛いとは思わなかった。退院したい」と幼稚な退院要求を繰り返した。


 看護スタッフが説得して入院を続けることになったが、それからも「家に帰りたい」と、ひんぱんに訴えが続いた。「ふらふらと勝手に足が動いて、高い所に上りたくなる」と自殺をにおわせる発言もみられている。


 このような状態であるにもかかわらず、夜間に突然怒りだして、いびきがうるさいと隣の患者の鼻をつまみ、「うるせーんだよ」と大声を出すこともあった。このため、抗精神病薬の投与量を増し、二週間あまりしてようやく以前よりは穏やかに過ごせるようになった。


 それでも急に看護スタッフに対して、些細なきっかけから、「何か不安で死にたくなっちゃった」と訴えることもあれば、「先生、クスリをくれた後、ぼくのことを笑っていたでしょう」「ハエが頭の中で飛び回っている」などと被害妄想や体感幻覚を思わせる発言が続いていた。自宅に退院するまで、Nさんは三か月あまりの入院が必要だった。


 このNさんの例からもわかるように、統合失調症の症状として特徴的であるのが、幻聴と妄想である。


 幻聴は患者の脳の中で起きている症状である。自分の脳内で生成した「声」や「音」である。しかし、幻聴が聞こえている本人は、外部から音声が入力しているという感覚を持っている。つまり、「脳」という自己の内部で起こっている出来事が、自己に所属していると認識できないわけである。


 幻聴について興味深い点は、幻聴の内容がそれほどバラエティに富んだものではないことである。患者の経歴、職業、あるいは国籍さえも関係しないことが大部分で、むしろ画一的というのが適当であろう。Nさんの場合も、典型的な被害妄想に基づく幻聴が出現していた。幻聴に関連する脳の病巣としては、画像研究などから側頭葉の異常が指摘されているが、明確な結論は得られていない(岩波明精神疾患角川ソフィア文庫、2018年、pp.123-130、2010年、ただし冒頭の小見出し以外のゴシック化は引用者による)。

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

 


 今回も確認するのは、つぎの2点です。

  1. Nさんがどんどん追い詰められていること。
  2. 自分自身のことをうまく理解できないでいること。


 では、はじめましょう。





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2021年8月16日に文章を一部修正しました。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.5)。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

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  • part.4(短編NO.36)

  • part.6(短編NO.38)


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*1:岩波明精神疾患角川ソフィア文庫、2018年、p.122、2010年

統合失調症の「予備校に入学早々、他の学生に嫌がらせをされたとのことで、通学しなくなる」を理解する(9/9)【統合失調症理解#16-vol.4】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.36


◆part.4の締めの言葉

 以上、今回もつぎの2点を確認しました。

  1. Nさんが、どんどん追い詰められていること。
  2. 自分のことをうまく理解できないでいること。


 ここまでずっと、Nさんに、「理解不可能なところはまだただの一つも見つかっていませんよね?


 いや、もちろん、Nさんのことをここまで完璧に理解し得ていると言うつもりは俺にはサラサラありませんよ。正直なところ、Nさんのことを多々誤ったふうに決めつけてきてしまっているのではないかと反対に気が咎め、食事もうまく喉を通らないくらいです。


 でも、そうは言ってもさすがに、Nさんがここまでずっと「理解可能」であるということは、疑えませんね?


 みなさんのように申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、ここまでのNさんが完璧に理解できるということは、十分、明らかになっていますよね?


 次回は、引用第3部の残りを見ていきます。引きつづき、Nさんが、(精神)医学の見立てに反し、「理解可能」であることを実地にひとつひとつ確認していきます。





8/9に戻る←) (9/9) (→次回短編へつづく

 

 




次回は2月22日(月)21:00頃にお目にかかります(体調が芳しくない場合、2月中はお休みするかもしれません)。


2021年8月15日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/9)はこちら。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.4)。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.5(短編NO.37)

  • part.6(短編NO.38)


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統合失調症の「予備校に入学早々、他の学生に嫌がらせをされたとのことで、通学しなくなる」を理解する(8/9)【統合失調症理解#16-vol.4】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.36


 いまこう推測しました。


 他の予備校生たちに内心、「2浪もしているヤツはバカだ」とか「ロクに勉強もしないヤツなんか予備校に来るなよ、うぜえ」だとかと思われているのではないと気になる(現実)。しかしそのNさんには、自分がそんなことを気にしているはずはないという「自信」がある。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、依然、俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、Nさんはその場面でも後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。自分が他の予備校生たちに内心悪く思われているのではないかと気にしているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解釈した。


 他の予備校生たちが「このバカ」「うぜえ」と言っているのが、聞こえる、って。


 クドクドと箇条書きにしてまとめるとこうなります。

  • ①他の予備校生たちに内心、悪く思われているのではないかと気になる(現実)。
  • ②自分がそんなことを気にしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「他の予備校生たちがボクの悪口を言っているのが聞こえる」(現実修正解釈


 ひょっとすると、自分が他の予備校生たちの内心を気にしていることにNさん自身、気づいていなかったのではないか、ということです。


 ともあれ、Nさんが自分のことをうまく理解できていなかったと見る点は、先の2案と変わりはありませんけど。





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2021年8月15日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/9)はこちら。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.4)。

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  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.5(短編NO.37)

  • part.6(短編NO.38)


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統合失調症の「予備校に入学早々、他の学生に嫌がらせをされたとのことで、通学しなくなる」を理解する(7/9)【統合失調症理解#16-vol.4】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.36


◆他の生徒の内心を気にする(案3)

 いま、2浪が決まったあとのNさんが、新しい予備校に通いはじめたものの、すぐ、他の生徒たちに嫌がらせをされたと言って通わなくなった件について、推測をふたつしてみました。でも、もうひとつだけ、別の推測をしてみても、みなさん、構いません?


 ひょっとすると、Nさんが、他の予備校生たちの内心を気にしていたということだったのかもしれないと考えてみても?


 すなわち、こういうことですよ。


 Nさんは、他の予備校生たちに内心、「2浪もしているヤツはバカだ」とか「ロクに勉強もしないヤツなんか予備校に来るなよ、うぜえだとかと思われているのではないかとしきりに気になった


 ところが、Nさんからすると、自分が予備校でそんなことを気にしたりするはずはなかった。


 いや、いっそ、Nさんのその見立てについても、語弊を恐れながらも、こう言い改めてしまいましょうか。そのときNさんには、自分が他の生徒たちに内心悪く思われているのではないかと気にしているはずはない、という自信があったんだ、って。


 で、その自信に合うよう、Nさんは現実をこう解した。


 他の予備校生たちが「このバカ」「うぜえ」と言っているのが、聞こえる、って。





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2021年8月15日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/9)はこちら。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.4)。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.5(短編NO.37)

  • part.6(短編NO.38)


*このシリーズ(全48短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「予備校に入学早々、他の学生に嫌がらせをされたとのことで、通学しなくなる」を理解する(6/9)【統合失調症理解#16-vol.4】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.36


 いまこう推測しましたよ。


 予備校にいると、自分が2浪生であることなどが意識され、「自分みたいなバカ」が「居ていい場所ではない」と引け目を感じる(現実)。だけどそのNさんには、自分が「引け目」を感じているはずはないという「自信」がある。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、ここでも俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、Nさんはその場面でも後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。自分が「引け目」を感じているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解釈した。


 他の予備校生たちが「このバカ」「うぜえ(ここはお前の居場所では無い)」と言ってくるのが、聞こえる、って。


 いまの推測を箇条書きにしてまとめるとこうなります。

  • ①予備校にいると、「自分みたいなバカ」が「居ていい場所ではない」と引け目を感じる(現実)。
  • ②自分が「引け目」を感じているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「他の予備校生たちが『このバカ』『うぜえ(ここはお前の居場所では無い)』と言ってくるのが、聞こえる」(現実修正解釈


 もしかすると、自分が引け目を感じていることにNさん自身、気づいていなかったのではないか、ということですよ。


 やっぱり、自分のことをうまく理解できていなかったのではないか、ということです。





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2021年8月15日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/9)はこちら。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.4)。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.5(短編NO.37)

  • part.6(短編NO.38)


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