(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「思春期に発症し、典型的な経過がみられたケース」を理解するpart.6(統合失調症理解#16)(1/9)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.38

目次
・前回までを簡単にふり返る
・絶望したり、死にたくなったりしたのはおかしなことか
・大声で怒鳴ったのはおかしなことか
・Nさんが争点にしていたのは何か
・かたや医学が争点にするのは何か
・Nさんは「理解不可能」なんかではなかった
・(精神)医学はお手軽にNさんのことを「理解不可能」と決めつけ、差別してきた
・診断という名の差別で患者を傷つける


◆前回までを簡単にふり返る

思春期に発症し典型的な経過がみられた統合失調症のケース」*1とされるNさんの事例を、ここ最近はずっと見させてもらっていますよね。


 その事例の当事者Nさんが、(精神)医学の見立てに反し、ほんとうは理解可能であることを、実地にひとつひとつ確認していますね?


 前々回から、引用第3部(引用最終部)に入りました。今回はその残りすべてを見ていきますよ。


 けどそのまえに、ここまでを簡単にふり返っておきましょうか。


 浪人2年目のNさんはどんどん追い詰められ、人生に挫折する寸前ということでしたよね。


 もう少し詳しく言うと、こういうことでしたね?


 Nさんは慶応大学の最難関学部に入学するつもりである。そのためにはかなり勉強しなければならないが、ずっと勉強が手につかないできた。成績も芳しくなく、受験にも失敗し、ついには、「社会に自分の居場所は無い」と肩身の狭さを感じたり、通りすがりのひとにすら劣等感を覚えたりするまでになっている、ということでしたね。


 そしてそんなNさんは、自分自身のことがうまく理解できないでもいる、とのことでした。たとえば、自分が「社会に自分の居場所は無い」と肩身の狭さを感じていても、そう感じていることに気づかず、「うざい(邪魔だ)」とひとに言われているととってしまう、ということでしたね。


 では本題に入りましょう。以下、引用第3部です。今回見ていくのは、その4段落目以降のすべてですよ。

 精神科に入院

 浪人した年の十一月、このような生活状況を心配した母親にすすめられて、Nさんは精神科を受診した。そこで服薬を始めたが精神状態は安定せずに、翌年の受験は再び失敗に終わった。


 二浪目に入り、これまでとは別の予備校に入学した。だが、他の学生にいやがらせをされたと言って、すぐに登校しなくなった。Nさんは、死ぬことばかり考えるようになった。飛び降り自殺をしようと思い、ビルの屋上に何度か行ったが、怖くてできなかった。


 幻聴も活発で、からかうような声や嫌がらせの声が絶えず聞こえてきた。女性の顔の幻視を見ることもあった。ゴールデンウィークの直前、Nさんはけじめをつけると言って、突然予備校をやめてしまう。


 五月の下旬からはNさんは何もする気がしなくなった一日中横になっていて、テレビがついていても見る気がしなくなった本人は、「すべてに無関心になって、空虚な感じがして、何をするのも、食事をするのも、歯を磨くのも、風呂で体を洗うのもめんどうくさい」のだと言う。実際、入浴を介助してもらい、母に身体を洗ってもらったこともあった。


 六月の末になり、本人の状態が比較的落ち着いていたので、両親は以前から計画していた海外旅行に行った。親は旅先から電話を入れたが、本人は一度も電話に出なかった。Nさんは両親の旅行中、不安感、焦燥感が強まり、通院中の病院に何度も電話して、死にたいと訴えたが、きちんと服薬するように指示されただけだった。


 両親の帰国後、不安定な状態はますます強くなった。母親の目の前でビルに上り、飛び降りて死んでしまいたいと訴えることが起きたため、彼は両親につれられ私が勤務していた精神科を受診して入院となった。


 入院直後から抗精神病薬の投与がなされたが、Nさんの状態はすぐには改善しなかった。本人は、「やっぱり辛い、帰りたい」と訴える。翌朝になっても、「辛くて仕方がない。だれも、食事を持ってきてくれない、歯磨きをする場所が遠い」「入院がこんなに辛いとは思わなかった。退院したい」と幼稚な退院要求を繰り返した。


 看護スタッフが説得して入院を続けることになったが、それからも「家に帰りたい」と、ひんぱんに訴えが続いた。「ふらふらと勝手に足が動いて、高い所に上りたくなる」と自殺をにおわせる発言もみられている。


 このような状態であるにもかかわらず、夜間に突然怒りだして、いびきがうるさいと隣の患者の鼻をつまみ、「うるせーんだよ」と大声を出すこともあった。このため、抗精神病薬の投与量を増し、二週間あまりしてようやく以前よりは穏やかに過ごせるようになった。


 それでも急に看護スタッフに対して、些細なきっかけから、「何か不安で死にたくなっちゃった」と訴えることもあれば、「先生、クスリをくれた後、ぼくのことを笑っていたでしょう」「ハエが頭の中で飛び回っている」などと被害妄想や体感幻覚を思わせる発言が続いていた。自宅に退院するまで、Nさんは三か月あまりの入院が必要だった。


 このNさんの例からもわかるように、統合失調症の症状として特徴的であるのが、幻聴と妄想である。


 幻聴は患者の脳の中で起きている症状である。自分の脳内で生成した「声」や「音」である。しかし、幻聴が聞こえている本人は、外部から音声が入力しているという感覚を持っている。つまり、「脳」という自己の内部で起こっている出来事が、自己に所属していると認識できないわけである。


 幻聴について興味深い点は、幻聴の内容がそれほどバラエティに富んだものではないことである。患者の経歴、職業、あるいは国籍さえも関係しないことが大部分で、むしろ画一的というのが適当であろう。Nさんの場合も、典型的な被害妄想に基づく幻聴が出現していた。幻聴に関連する脳の病巣としては、画像研究などから側頭葉の異常が指摘されているが、明確な結論は得られていない(岩波明精神疾患角川ソフィア文庫、2018年、pp.123-130、2010年、ただし、冒頭の小見出し以外の部分のゴシック化は引用者による)。

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

 


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Nさんのこの事例は全6回でお送りしています。

  • part.1(短編NO.33)

  • part.2(短編NO.34)

  • part.3(短編NO.35)

  • part.4(短編NO.36)

  • part.5(短編NO.37)

  • part.6(短編NO.38)

   今回


このシリーズ(全48短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

*1:岩波明精神疾患角川ソフィア文庫、2018年、p.122、2010年