(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「悪口が聞こえてくる(幻聴)」を理解する(統合失調症理解#1)(1/5)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.8


 この世に異常なひとなどただのひとりも存在し得ないということを、以前、論理的に証明しましたよね。


(参考:ちなみにこの記事で、ですよ。)


 そしてそれは、この世に「理解不可能なひとなどただのひとりも存在し得ないということを意味するとのことでしたよね。


(参考:そのことを確認したときの記事はコレです。)


 だけど、医学は一部のひとたちを異常と判定し、「理解不可能」と決めつけてきました。


 たとえば、あるひとたちを統合失調症と診断し、つぎのように、やれ「永久に解くことのできぬ謎」だ、「了解不能」だと言ってきました。

かつてクルト・コレは、精神分裂病〔引用者注:当時、統合失調症はそう呼ばれていました〕を「デルフォイの神託」にたとえた。私にとっても、分裂病は人間の知恵をもってしては永久に解くことのできぬ謎であるような気がする。(略)私たちが生を生として肯定する立場を捨てることができない以上、私たちは分裂病という事態異常」で悲しむべきこととみなす「正常人」の立場をも捨てられないのではないだろうか(木村敏『異常の構造』講談社現代新書、1973年、p.182、ゴシック化は引用者による)

異常の構造 (講談社現代新書)

異常の構造 (講談社現代新書)

 

 

 専門家であっても、彼らの体験を共有することは、しばしば困難である。ただ「了解不能」で済ませてしまうこともある。いや、「了解不能であることがこの病気の特質だとされてきたのである。何という悲劇だろう(岡田尊司統合失調症PHP新書、2010年、p.30、ただしゴシック化は引用者による)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 今回は統合失調症と診断され、そのように「理解不可能」と決めつけられてきたひとたちのなかから実際にひとり登場してもらいそのひとがほんとうは理解可能であることを実地に確認してみることにしますね。


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年頭のご挨拶が大変遅くなりました。明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします!


2020年2月20日に文章を一部加筆修正しました。


前回の短編(短編NO.7)はこちら。


このシリーズ(全26短編を予定)の記事一覧はこちら。