(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

なぜ「ものを捉える=状況を捉える」なのか(1/3)

*医学の言うことはみんな嘘第4回


 みなさんとお別れするまえに、いまから、確認を後回しにしておいたものを見ていきますね。


ものを捉えるとは状況を捉えるということであるとなぜ言えるのか確認していきますよ


 こういうことでしたね。


 その「もの」が何であれ、「ものを捉えるとは状況を捉えるということである。ひとを捉える場合だって当然そうである。ところが医学はひとを捉えようとする際、「状況を捉え」ようとはしない。その代わりに、ひとの身体に起こる出来事を一点のせいにする、って。


 でも、出来事を一点のせいにすることは誤りでした、ね?


 したがって、そんな誤った見方をする医学の言うことはみな嘘になってしまうんじゃないかとひどく心配になる、ということでしたね?


 けど、「ものを捉える」とは「状況を捉える」ということであるとなぜ言えるのかについては、確認がまだでした。


 さあ、これから確認していきますよ。


 いま、俺のまえにあんパンがひとつあってそれを俺が見ていると仮定してみてくれますか。そのあんパンをもちいて考察を進めていきますよ。


 みなさん、想像してくれてますかね? 俺が見ているそのあんパンの姿は、俺の眼前数十センチメートルのところにありますよね?


 ただ、そのあんパンのすべてがいま俺に見えているわけではありませんね?


 いや、そんなことは当たりまえです、ね?


 あんパンを目のまえに見ていると言っても、そのあんパンは俺には一部分しか見えていないじゃないですか、ね?


 いまこの瞬間、あんパンは、俺のほうを向いた面のその上っ面しか俺には見えていませんね?


 あんパンの中身も、底面(テーブルに接している面)も、側面(あくまで俺から見てということですよ)も、裏面(前記におなじ)もまったく俺には見えていませんよね? むしろ、あんパンは俺にはほとんど見えていない、と言ったほうが適切なくらいかもしれません、ね?


 だとすれば、どうなります? いま俺の目のまえにはあんパンの、そうしたまったく見えていない、中身、底面、側面、裏面はことごとくみな存在していないということになりますかね? 存在しているのはあんパンの、俺のほうを向いた面の、現に見えているその上っ面だけ、ということになりますかね?


 なりませんよ、ね?


 あんパンの、俺のほうを向いた面の、その上っ面は、見えるありようとでも言うべき姿で、たしかに俺のまえに存在していますね? でも俺の目のまえのソコに存在しているのはそれだけではありませんね? あんパンの中身も、底面も、側面も、裏面も、見えないありようとでも言うべき姿で、俺の目のまえのソコに存在しているじゃないですか、ね?


 いま、こう言いましたよ。あんパンが俺の目のまえに、「見えるありよう見えないありようから成る姿で存在している、って。


         (1/3) (→2/3へ進む

 

 

前回(第3回)の記事はこちら。


このシリーズ(全5回)の記事一覧はこちら。