(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

障害という言葉のうす皮を一枚めくれば

障害という言葉のどこに差別があるか考える第24回

 別れは突然にやってきます。みなさんと俺のあいだにも。


 お暇乞いするときがやって参りました。


 この文章を通して確認しましたことを最後にふり返ります。

第1部.ひとを正常(健康なもの・健常者)と異常(障害者)に振り分けるのが不当な差別に他ならないこと。

第2部.科学がどういう偏見にもとづいて、誰を不当にも異常と決めつけるか。

第3部健康、病気、医療とは何か。

    医学の目的を「異常なひとを無くす」こととするのがいかに危険なことか。

第4部.ひとを正常と異常に振り分けるのが、はなっから人間理解を拒むことである旨。


 以上、長きに渡ってみなさんに俺の拙劣なお話をガマンづよく聞いていただくことになりましたきっかけは、俺がこう申し上げたところにありました。


 最近、障害という言葉が、障がいとか障碍と表記されているのによく出くわします。障害という言葉が、障害者をさして「害」と言っているとの指摘を受けてのことだと聞きました。けれども俺には障害という言葉が障害者をさして「害」と言っているようにはちょっと思われません、と。


 そのとき俺は、障害者の障害という言葉の意味を、電波障害や通信障害といった言葉を例に考えました。そして電波障害や通信障害で言う障害には、「Aが・障害物によって・妨げられている」という意味がある。そこから推すに、障害者の障害という言葉はひとの身体にほんらい起こるべき出来事が・病気の原因によって・起こるのを妨げられている」身体状態をさすものではないか、と申し上げました。


 最後の最後にこの障害という言葉に触れて終わります。


 長いあいだ、時間を共有してくださったことに衷心より感謝いたします。また好きなようにおしゃべりさせてくださったことに厚く御礼申し上げます。


 さあ、最後にもう一度、性懲りもなく、くり返させてください。ひとに正常異常を言うとは、ひとが作り手の定めたとおりになっていなければ、《作り手の定めたとおりになっていない》そのことを問題視して異常とよび、かたやひとが作り手の定めたとおりになっていれば、〈作り手の定めたとおりになっている〉そのことを問題無しと受けとって正常と呼ぶことです、と。ひとが《作り手の定めたとおりになっていない》のを科学は身体内の一点のせいにし、病気の原因と呼びます。そして《作り手の定めたとおりになっていない》というのを、《作り手の定めたとおりになるのを・病気の原因によって・妨げられている》ことと解します。


 さて、いま、《作り手の定めたとおりになるのを・病気の原因によって・妨げられている》状態を異常と呼ぶと確認しましたけれども、この異常という言葉は、ひと足先に確認しておきました、障害者の障害という言葉と意味がぴったり一致しているのではないでしょうか。


 障害者の障害という言葉は、「ひとの身体にほんらい起こるべき出来事が・病気の原因によって・起こるのを妨げられている」身体の状態をさすのではないかと先刻復習申し上げました。その起こるのを妨げられているとされる「ひとの身体にほんらい起こるべき出来事」というのは、異常という言葉で妨げられていると言われる《作り手の定めたとおりになること》に当たるのではないでしょうか。


 つまり、障害者の障害という言葉は、異常という言葉の代わりに用いられる婉曲表現なのではないでしょうか。


 もしそうなら、障害者という言葉のうす皮を一枚そっとめくれば、下から異常者という言葉が姿を現すということになります。


 以上が、障害者の障害という言葉を、障害と書こうが、障がい、もしくは障碍と表記しようが、差別用語であることには変わりがないと申し上げるゆえんです*1

(了)


前回(第23回)の記事はこちら。


それ以前の記事はこちら。

第1回


第2回


第3回


第4回


第5回


第6回


第7回


第8回


第9回


第10回


第11回


第12回


第13回


第14回


第15回


第16回


第17回


第18回


第19回


第20回


第21回


第22回


このシリーズの記事一覧はこちら。

 

*1:2018年5月7日に内容と表現を一部修正しました。また2018年9月3日に内容はそのままで表現のみ一部修正しました。