(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

正常異常の区別がひとに対してつけられる未来はやって来るか②使用者

*障害という言葉のどこに差別があるか考える第9回


 正常異常の区別が実は機械に対してすらつけられないことを確認しようとしています。


 機械がちゃんと動かない(作り手の望みどおりには動かない)場面をふたつみなさんにご想像いただくことにし、早速ひとつ目の場面を先ほどみなさんとご一緒に見ました。機械がちゃんと動かないことの非が作り手にある場合には、機械がちゃんと動かないのを異常と判定するのは不適切であるということでした。


 ふたつ目の場面に移ります。


 ご想像ください。カスタマーセンターにお勤めのみなさんは、ある日、俺からの電話をお受けになります。そして、受話器越しにその頑迷固陋さがヒシヒシと感じられるこの老人に、親切丁寧で水際立ったご対応をお見せになります。老人は申します。おたくで製造しているデスクトップ・パーソナル・コンピューターがウンともスンとも言わないんだよ。説明書も見たし、子供にも電話して訊いたんだけどね、にっちもさっちもいかない。おたくの製品はいつもこうだ、どうなってんの?


 みなさんはこうした相談が寄せられたとき、コンセントにパソコンのコードがさされているか確認してもらうことからおはじめになります。ですが、「パソコンのコードがコンセントにさされているかご確認ください」とうかつにおっしゃると、相談者が烈火のごとく怒り出すことがたまにあります。「あんたバカにしてんのか!」と怒鳴った直後、コードがコンセントにさされていなかったと発覚して気まずい思いをすることがあり得るとも思わずに、です。みなさんは相手にそんなにがい思いをさせることがないよう、この頑迷固陋な老人、すなわち俺を注意深く、たくみに誘導して、パソコンのコードがコンセントにさされているか確認させます。すると「あ、ぬけてた、あ、動きました!」。


 機械に正常異常を言うとは、機械が《作り手の定めたとおりになっていない》のを問題とし、機械が〈作り手の定めたとおりになっている〉のを正常、機械が《作り手の定めたとおりになっていない》のを異常と呼ぶことでした。実に老人はデスクトップ・パソコンがちゃんと動かないのを、《作り手の定めたとおりになっていない》ことと見、異常と考えて電話をかけてきたわけです。しかしいまご覧いただいたように、カスタマーセンターにお勤めになっているみなさんのお力添えによって、使用者である俺が、『ちゃんと動くようにパソコンを使うことができていない』だけであると判明しました。パソコンがちゃんと動かないことの非は使用者である俺にありました。コンセントにコードをさしていないのに、デスクトップ・パソコンが動くはずはありません。この場合、デスクトップ・パソコンがちゃんと動かないのは、〈作り手の定めたとおりになっている〉ことと見られるべきであって、老人のように、《作り手の定めたとおりになっていない》ことと見て異常と判定するのは不適切です。


 けれども頑迷固陋な老人は非が自分にあるのではと疑うこともなく、「ちゃんと動くように自分はパソコンを使うことができている」のに、パソコンがちゃんと動かないのだと正反対に受けとって、パソコンがちゃんと動かないのを、《作り手の定めたとおりになっていない》ことと解し、ちゃんと動かないことの非をパソコンになすりつけ、異常扱いしていたという次第です。お恥ずかしいことに、挙げ句の果てには「おたくの製品はいつもこうだ」とカスタマーセンターに言いがかりをつけさえして・・・・・・。


 いまみなさんに、ふたつ目の場面、すなわち機械がちゃんと動かないことの非が使用者にある場面をご想像いただきました。この場合でも、機械がちゃんと動かないのを異常と判定するのは不適切であると明らかになりました。


 ではいよいよ、機械に正常異常の区別がどんな場合でもつけられないことをつぎに確認します。


第8回←) (第9回) (→第10回

 

 

今年もいちねんありがとうございました。よいお年を!


以前の記事はこちら。

第1回


第2回


第3回


第4回


第5回


第6回


第7回


このシリーズ(全24回)の記事一覧はこちら。