*障害という言葉のどこに差別があるか考える第20回
科学にとって、健康とは正常であること、病気とは異常であること、医学とは「異常なひとを無くす営み」です。
第1部と第2部では(いまは第3部のまっただ中)、科学によるそうした健康、病気の定義づけについて考察しました。ひとをそのように正常と異常に振り分けるのが不当な差別に他ならないこと、科学が〈標準より劣っているとされるひとたち〉を不当にも異常と決めつけることを確認しました。そしてここ第3部では、みなさんにとって、健康とは苦しくない状態がつづくこと、病気とは苦しい状態が引きつづくことであると追加確認いたしました。
ここからは医学の定義づけのほうを見ていきます。「異常なひとを無くす」ことを医学の目的に置くのがいかに危険か、例をふたつ用いて考察します。先ほど挙げました、息がしにくい、幻聴がするといった例をふたたび用います。
みなさんが息がしくいと診察室でおっしゃる場合から見ていきます。
先刻、みなさんにとって息がしにくいとは苦しいということ、息がしやすくなるのをお求めになるとは、苦しまずにいられるようになるのをお求めになるということであって、息がしにくいときにみなさんが医療にご要望になるのは、苦しまないでいられるようになることを目的とする処置であると確認しました。
しかし「異常なひとを無くすこと」を目的とする医学にとって、治療(以下、医学治療と記します)の目的はあくまで、異常を正常に矯正することです。ひとには異常ということはあり得ませんが(第1部で確認)、医学は息がしにくいということを不当にも異常であると決めつけ(第2、3部で確認)、呼吸をそうした異常状態から、息がしやすいという正常状態に矯正するのを治療の目的とします。
ここでは、そうした「医学治療」を受けて、息がしにくいという苦しさが無くなる代わりに、終始フラフラしたりぼうっとしたりだるかったりするとか、何かある度にすぐ寝込むようになるといった別の苦しみ(副作用と呼ばれるもの)をあらたにこうむる場合を想定します。
さて、みなさんが医療にお求めになる処置は、苦しまないでいられるようになることを目的とするものでした。こうした「医学治療」を受けるのはそんなみなさんにとって、〈息がしにくいという当初の苦しみ〉と、《あらたにこうむる別の苦しみ》とを交換するようなものです。《あらたにこうむる別の苦しみ》が、〈当初の息がしにくいという苦しみ〉より軽いものであればあるほど、「医学治療」を受けると得をすることになるとみなさんご計算になるのではないでしょうか。逆に申せば、《あらたにこうむる別の苦しみ》が重くなればなるほど、そうした得も小さくなっていき、ついに〈当初の苦しみ〉より深刻なものとなれば、「医学治療」を受けると損をすることになると損得勘定なさるのではないでしょうか。
《あらたにこうむる別の苦しみ》のほうが〈当初の息がしにくいという苦しみ〉より深刻になるとそのうえ、心肺停止の起こる可能性も高まるでしょうし、いろんな活動をあきらめて横たわっていなければならなる時間もより増えるだろうと予測もされます。
当の「医学治療」を受けて、苦しみがより深刻になる、死により近づく、活動がより制限される、といった三重の意味で損をするわけです。
まとめます。医療に、苦しまないでいられるようになることを目的とする処置をお求めになるみなさんは、異常を正常に矯正することを目的とする「医学治療」をお受けになるかどうか検討されるさいには、
- 当の「医学治療」を受けると、あらたに《別の苦しみ(副作用)》をこうむることになるか、
- なるとすれば、《医学治療後の苦しみ》と、〈当初の苦しみ〉とどちらがより深刻か、
をお考えになるでしょう。「医学治療」の成否に当たりをつけるには、こうした前後の苦しみの比較が欠かせないように思われます。
しかしこうした「前後の苦しみの比較」を科学はこれまで十分にやってきたでしょうか。
医学は実に、異常を正常に矯正するという目的を達成するためには、《医学治療後の苦しみ》はどんなに強くてもガマンしなければならないとしてきたのではなかったでしょうか。《医学治療後の苦しみ》が〈当初の苦しみ〉より深刻になるのもかまわず、異常を正常に矯正するという目的を達成することにひたすら血道を上げてきたところが医学にはあったのではないでしょうか。
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異常を正常に矯正することを「医学治療」の目的に置くのがいかに危険か、医学はまざまざと示してきたのではなかったでしょうか(いま現在はどうでしょう)。
今度は幻聴がするという訴えを用いて考えてみます。
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