(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

ひとは「治療」を求めるか

障害という言葉のどこに差別があるか考える第17回

 僭越ながら先刻こういった旨のことを申し上げました。


 科学は、健康とか健常を正常であること、病気を異常であることと定義する。そんな科学にとって医学とは異常なひとを無くす営み」である。


 しかし第1部で確認したように、正常異常の区別は機械に対してつけられず、当然ひとに対してもつけられない。そもそも異常な機械も、異常なひともこの世に存在しない。


 医療に求めるべきが、「異常なひとを無くすことであるとは思われない


 実際みなさんが医療にお求めになるのは、苦しまないでいられるようになることを目的とする処置だろう。そうお望みのみなさんにとって、健康とは苦しくない状態がつづくこと、病気とは苦しい状態が引きつづくこと、医療とは、苦しまずにいられるようひとを手助けする営み、ではないだろうか、と。


「いやいやちょっと待ってちょっと。キモチ良さそうに話してるとこ邪魔して悪いんだけど、お前さんいま何て言った? 『医療に求めるべきは、異常なひとを無くすことではない』? いやいやいや、医療に求めるべきはまさに、異常なひとを無くすこと、だよ。横着しないでちゃんと具体例あげて考えなって。息がしにくいという異常を訴えているひとがいると想像してごらん。呼吸が正常になるよう治療してあげるのが当然だろ? 精神に異常のあるひとがいて、幻聴が聞こえると言ってると想像してごらんよ。ほら、精神を正常にする治療をしてあげなくちゃって思うだろ?」


 しかし、ひとには異常ということがない旨、すでに第1部でとっくりと確認済みです。息がしにくいときひとに必要となるのが、呼吸を異常から正常に矯正することを目的とする治療であるとは考えられませんし、幻聴が聞こえると訴えるひとへ、精神の異常を正常に矯正することを目的とする治療を施すのが当たりまえだとも、論理にしたがう限り思われません。


 そうしたとき必要となるものがあるとすれば、それは先にも申しましたように、苦しまないでいられるようになることを目的とする医療処置ではないでしょうか。


 以下そのことについて少し見てみます。


 みなさんが診察室で息がしにくいと医師におっしゃると仮定します。そのときみなさんは、呼吸が異常であると訴えておられるのでしょうか。呼吸を正常にしてほしいとご要望なのでしょうか。


 息がしにくいのを呼吸の異常として訴えるとは、息がしにくいことを、呼吸が《作り手の定めたとおりになっていない》ことと見、呼吸が《作り手の定めたとおりになっていない》そのことを問題として訴えるということです。いっぽう呼吸を正常にしてほしいと望むというのは、呼吸を〈作り手の定めたとおりになっている〉ようにしてほしいと望むことです。


 果して診察室で息がしにくいとおっしゃるとき、みなさんはそんなふうに、呼吸が《作り手の定めたとおりになっていない》ことを問題として訴えられたり、呼吸を〈作り手の定めたとおりになっている〉ようにしてほしいとご要望になったりしておられるのでしょうか。


 いや、みなさんにとって息がしにくいとは単に、苦しい、ということ、かたや息がしやすくなるとは、苦しまないでいられるようになること、なのではないでしょうか。


 みなさんが病院で受けられるかもしれないと期待していらしたのはやはり、苦しまないでいられるようになることを目的とする医療処置なのではないでしょうか。

つづく


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