(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

正常異常という区分けを身体に用いることはできない

身体をキカイ扱いする者の正体は第4回

 科学は事のはじめに「絵の存在否定」という不適切な操作を為して、「身体の物的部分」を機械であることにし、その「身体の物的部分」に、機械に用いられる正常異常という区分けを用います。


 しかしchapter1,2をとおして見てきましたように、「身体の物的部分」は機械ではありません。したがって、機械に用いられる正常異常という区分けをはたして、ほんとうは機械ではない身体の物的部分に用いることは可能なのか、といった疑念もいきおい鋭く、湧いてこようというものですが、ちょうどいま俺たちはその疑問にたいし、正常異常という区分けを、機械ではない「身体の物的部分」に用いることは不可能であるという回答を得ました。


 とは申しますものの、「身体の物的部分」を機械とする科学は、機械(システムを含む。以下略)にしか用いることのできないこの正常異常という区分けを、ほんとうは機械ではない「身体の物的部分」に、実際のところ用います。みなさんよくご存じのとおり、科学は「身体の物的部分」の正常を健康とか健常と、かたやその異常を病気と呼び、治療とは異常状態から正常状態になることを目的とするものとします。医学は正常異常という区分けのうえにどっしりと据え付けられた分野であるとさえ言えるように思われます。


 では、このように「身体の物的部分に、用いることのできない正常異常という区分けを用いるというのは、いったい何をすることなのでしょうか


 先ほど確認しましたところから考察します。


「身体の物的部分」に正常異常という区分けを用いるとは、「身体の物的部分」を、その設計製造者たる世界によって定められたありようを呈していれば、問題無しと判定して、正常と呼び、かたや世界によって定められたありようを呈していなければ、定められたありようを呈し損なっている問題有りのものと判定して、異常と呼ぶということでした。


 けれども科学には、「身体の物的部分は、その設計製造者たる世界によって定められたありようを呈しているものばかりであると考えられるはずでした。世界によって定められたありよう以外のありよう、すなわち法則外のありよう奇蹟)を一瞬でも呈した「身体の物的部分」はかつてひとつもなく、いま現在もなく、今後も絶対に現れはしないと考えるものこそが科学です。「身体の物的部分」を、世界によって定められたありようを呈しているかどうかで、問題無しか有りか、すなわち正常か異常かに分けようとしても、世界によって定められたありようを呈していると判定され、問題無し(正常)とされるものばかりで、世界によって定められたありようを呈し損なっていると判定され、問題有り(異常)とされるものはひとつたりとも出てこないということでした。


 世界によって定められたありようを呈しているものしかないと科学には考えられるはずの「身体の物的部分」を、世界によって定められたありようを呈しているものと、世界によって定められたありようを呈し損なっているものとに分けることはこのように科学にはできません。


 にもかかわらず、科学がこれまで数多くの「身体の物的部分」を異常と判定してきて、現にいまもそう判定しているとなりますと、こう言わざるを得ないのではないでしょうか。


 世界によって定められたありようを呈しているものしかないと考えなければならないはずの「身体の物的部分」を、科学は勝手な基準をもってして、世界によって定められたありようを呈しているもの(問題無し、すなわち正常)と、世界によって定められたありようを呈し損なっているもの(問題有り、すなわち異常)とに分ける。すなわち、世界によって定められたありようを呈しているものしかないと考えなければならないはずの「身体の物的部分」のうちからいくつかを、勝手な基準にもとづいて選びとり、世界によって定められたありようを呈し損なっているもの(問題有り、すなわち異常)であることにする不当な差別を科学はする、と。

つづく


正常異常の区別をひとに対してつけることが差別に当たるということについて、後日、平たい言葉をもちいて書き直しました。

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