(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

利他を利己に読み替えるよvol.1

進化論はこの世をたった1色でぬりつぶすんだね第5回

 では、もはやこの世に存在するはずのない利他的行為を、進化論者はどのようにして、この世に唯一存在するものであるはずの利己的行為に読み替えるのでしょうか。


利己的な遺伝子*1』では二種類の読み替えが登場します。


 順に見ていきます。


 ある進化論者は、集団に着目して読み替えます(論点ではないため、ざっと見るだけにします)。一見ややこしく思われますが、じつは簡単です。図でも書きながら大まかにご確認ください。


 生物個体による利他的行為というのは、他に利益を与え、自分が不利益をこうむることである。その例として、危険な目にあっている他者を助けに入る場合などが挙げられるけれども、じつはこのときに利益を与える相手(他)は、単なる赤の他人ではない。自分たちと呼べる集団のこと(以後、自集団と記す)である。つまり、生物個体による利他的行為とは、(自集団のなかの一員が)自集団に利益を与え、自分は不利益をこうむること(自集団に利益を与えるために自分が犠牲になること)である。


 で、そのように自集団が利益を得るというのは、利益と不利益がつねに表裏一体になっているとする見方からいけば、自集団が利益を得て、他集団に不利益を与えること、すなわち自集団よる利己的行為である


 生物個体による利他的行為は、生きることの足引っぱりでしかなく、進化論的に考えると、淘汰されてすでに消え去っているはずであるけれども、いま見たように、この利他的行為はじつは、自集団による利己的行為のことであって、自集団が存続するのに役立つものである。したがって、今現在もはや存在していないはずの、生物個体による利他的行為も、淘汰されることになく、今現在、存在しているわけである


 いっぽう、生物個体による利己的行為とは、自分が利益を得、他に不利益を与えることであって、その例として、他個体をつかまえて食べることなどが挙げられるが、この場合も利益を得るのは自集団であり、不利益を与えられるのは他集団である。生物個体による利己的行為もこのようにほんとうは、自集団が利益を得、他集団に不利益を与えるという、自集団による利己的行為のことである。これは先ほどもいったように、自集団が存続していくのに役立つものでもある。


 この進化論者はこうして、生物個体による利己的行為利他的行為をともに、自集団による利己的行為に読み替えます。この進化論者にとって生物個体による行為は何をとってもすべてが、自集団による利己的行為です。この進化論者には世界が、生物集団による利己的行為一色と見えます。


 したがって、自集団による利己的行為を、自集団による他集団の「押しのけ」と表現すれば、この進化論者には世界がつぎのように見えると言えます。


 他集団を「押しのけよう」とする複数の生物集団同士がたがいに利益争奪戦をくりひろげ、その結果、他集団を「押しのけて」利益を獲得した生物集団が生き残り、「押しのけられた」生物集団が淘汰され、消えうせる、と。


 こうして、この世を生物集団(生物種)同士による「押しのけあいの世界」と結論づけ、この進化論者はそれをひと言で、生存競争、と言い表します*2

つづく


前回(第4回)の記事はこちら。


このシリーズ(全24回)の記事一覧はこちら。

 

*1:

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 

*2:2018年7月17日に、利己的行為という言葉にかかっていた〈〉と、利他的行為という言葉にかかっていた《》を削除しました。