(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

進化論にも裏の顔があるんじゃないかな

*進化論はこの世をたった1色でぬりつぶすんだね第17回


 しかし、ドーキンスのこの論理展開には、すくなくとも二箇所、明らかに無理がありました。理論と現実とが背反したときに、現実にあうよう理論を修正すべきところで、反対に、現実を理論にあうよう修正するという力技を二度もくり出していました。そこで、俺たちは彼とは逆に、その二箇所で理論のほうを修正し、この世を、生物個体による利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」の三色刷の世界として提示できるようになりました。この世で利益を得るには、他を「押しのける」ことのほかに、利他的行為をうけたり(尽くされたり)、「利益の与えあい」をしたり(持ちつ持たれつしたり)する手もあるという極々当然のことをみとめられるようになりました。


 けれども進化論の「押しのけあい」一色の世界観にたいし、このように世界を三色刷で提示しますと、こうおっしゃるかたが出てこられるかもしれません。


 長いあいだ、ずいぶん分不相応にえらそうなことを言っているけどね、お前さん、お前さんのだした結論なんて、当たり前なことしか言っていないじゃないか。この世はわたしたちが、利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」をしたりうけたりしながら(つまり、押しのけたり押しのけられたり、尽くしたり尽くされたり、持ちつ持たれつしたりしながら)生きていく世界だって、それは当然のことだよ。当然のことを言ってどうするね。ドーキンスにはお前さんにはこれっぽっちも見あたらないバツグンの切れ味があるよ。


 が、そうおっしゃるかたも、ドーキンスの『利己的な遺伝子』をお読みになってすでによくご存じのことと思います。ドーキンスはこの世を、遺伝子による利己的行為一色にぬりつぶしますが、そのかげで彼は、この世界を利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」の三色刷りで説明しなくてはならなくなっています

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 


 彼は、生物個体による利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」の三つをそれぞれ、遺伝子による利己的行為に読み替えました。すると、遺伝子による利己的行為には、見かけの異なる三種類があることになりました。ひとつは、見かけが生物個体による利己的行為をとるもの、もうひとつは、見かけが生物個体による利他的行為をとるもの、さいごは、生物個体による「利益の与えあい」の見かけをとるものです。そこで彼は、なぜこのように遺伝子による利己的行為は三種類も必要なのかという疑問を覚えました。たとえば見かけが生物個体による利己的行為をとるものひとつだけあれば十分なのではないのか。


 この疑問に直面したドーキンスは、こういった旨の説明をします(『利己的な遺伝子』第12章をご覧ください)。


 その状況その状況で、この三種類のうちのどれをとるかで、遺伝子が得る利益の大きさは異なってくる。ある状況下では、生物個体による利己的行為の見かけをとるものがいちばん得られる利益が大きいかと思えば、また別の状況では、生物個体による「利益の与えあい」の見かけをとるものがいちばん得られる利益は大きくなる。言ってみれば、この三種類は対戦型カードゲームでの三つの手であって、遺伝子というのは、この三種のカードをつかって、どれだけその状況その状況で高利益を得られるかというゲームをやっているようなものなのだ、と。


 このようにドーキンスは、生物個体による利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」の三種類が、なぜいまこの世に在る必要があるのかをしゃかりきに説明しようとします。つい俺たちはドーキンスというと、この世を、遺伝子による利己的行為一色にぬりつぶす、彼の一面に気をとられがちですが、じつはその裏で彼は、生物個体による利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」の三つが世界にいま在るようにして在ることを認められるようになろうとしているわけです。


 極端な言い方をしますと、『利己的な遺伝子』という本から、この世を遺伝子による利己的行為一色にぬりつぶそうとしている記述部分をのぞき去れば、生物個体による利己的行為、利他的行為、「利益の与えあい」の三色刷の世界としてこの世をごく当たり前に説明しようとしている部分だけが残るという次第です。


 先ほど、愚かな俺のことを見守ってくださっている(?)かたから、鋭い一言をいただきました。お前さんは、世界を三色刷で示せるようになったと言うけれども、それでは当たり前のことしか言えないんじゃないかとのことでした(当たり前のことを当たり前のように言えることやできることが大事なのだと不詳俺は考えています)。しかしドーキンスであっても、生物の行為をすべて遺伝子による利己的行為に読み替える裏で、世界を三色刷ずりのものとして認められるようになろうとしているということを確認しました*1

つづく


前回(第16回)の記事はこちら。


このシリーズ(全24回)の記事一覧はこちら。

 

*1:2018年8月9日付記。利己的行為という言葉にかかっていた〈〉と、利他的行為という言葉にかかっていた《》をとり外しました。