(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

「発達障害」を例に、誰が医学に差別されるのか確認する(1/4)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.5


 今回は発達障害なるものを例に診断という名の差別について見ていきますね。


 でも、そのまえに、これまでに確認した事項を3点、簡単におさらいしておきましょうか。


 ずいぶんまえに、健康、病気、についてこういうことを確認したの、覚えていますか。


 ふだんのみなさんにとって、「健康」という言葉は、「苦しまないで居られている」ことを表現するためのものであるいっぽう、「病気」という言葉は、「苦しんでいる」ことを、その苦しみが手に負えないようなときに表現するためのものである。そのように、ふだんみなさんが、健康であるとか病気であるとかとしきりに言うことで争点にするのは、苦しまないで居られているか、苦しんでいるか(快いか、苦しいか)である。ところが、医学がやれ健康だ、やれ病気だと言うことで争点にしてきたのは、まったく別のことだった。正常であるか、異常であるか、だった。医学は健康を正常であること病気を異常であることと定義づけてやってきたんだ、って。


(参考:以上のことを確認したのは「短編NO.1」の冒頭ででした。)


 でも、すこし考えてみればすぐにこういうことがわかりましたよね。


 異常なひとはこの世にただのひとりも存在し得ない。言うなれば、ひとはみな正常である。にもかかわらず、医学は一部のひとたちを不当にも異常と決めつけ、病気だとか、○○障害だとか、△△疾患に罹患しているだとかと言って差別してきたんだ、って。


(参考:そのことを確認したのは「短編NO.2」ででしたよ。)


 では、そのように医学に不当にも異常と決めつけられて差別されてきたのは、そしてされていくのは誰かというと、それは、「標準より劣っていると医学に思われるひとたちであるとのことでした。医学は勝手な基準を設けて、ひとをつぎの3つに分けるということでしたよね。

  1. 標準的なひとたち(「ふつう」と言われるひとたち)
  2. 標準より優れているひとたち(良い意味で「ふつうではない」と言われるひとたち)
  3. 標準より劣っているひとたち悪い意味でふつうではない」と言われるひとたち)


 差別を受けるのは、その3のひとたちだということでしたね。「ひとは、作り手によって、みなおなじになるよう定められている」とする偏見を持った医学には、1と2は正常と見え、3の「標準より劣っている」と思われるひとたちは異常と見えるんだ、って。


(参考:そのことを確認したのは「短編NO.3」ででした。)


 以上、最初に事項を3点、復習しましたよ。ではこれから、冒頭で宣言しましたとおり、「標準より劣っていると医学に思われるひとたち不当にも異常と決めつけられて差別されるというその実態を発達障害の診断のもとに見ていきますね。


前回の短編(短編NO.4)はこちら。


このシリーズ(全26短編を予定)の記事一覧はこちら。