(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

中島敦『幸福』

「ぐうぜん、中島敦(1909年〜1942年)さんの『幸福』って小説を読みましてね。うちのカミさんが、クッキー持ちよってやるいつもの読書会でつぎの課題図書になってるとか言って読んでまして、あたしも横からのぞき見したって次第です。


「それにしても、びっくりしました。ずいぶん違うんですよ、教科書にのってた『山月記』を学生のころに読んだときと印象が。おたくも学生時代、『山月記』をお読みで、あのトラになる? そのころはピンときませんでしたがねえ・・・・・・いや参ったな、眼光鋭いおたくのまえでは、なにひとつ、隠しゴトができないな。参りました、降参です。しょうじき申しますとね、ずいぶん、ツマラナイ小説だなあと思ったんです。あたしの目は節穴だったんですねえ。


「あたし、世のなかに出るとき、どうやったら自分がモノになるか、懸命に考えめぐらしまして。で、本読もうと。それもたくさん、ていねいに読もうと。で、ようく考えようと。おかげさまで、学生のころよりはすこしはモノが見えてくるようになった気がします。


「年表調べてみますとね、中島敦さん、昭和8年(1933年)24歳のときに大学をお出になって高等女学校の先生におなりになってます。以後、昭和17年(1942年)にゼンソクをこじらせて33歳の若さでお亡くなりになるその前年まで、そこにお勤めになった。


「途中、昭和12年日中戦争が始まってます。女学校にも軍人さんがやってきて、『貴様ぁ、そこのノロマ、なんだそのへっぴり腰は! 』なんて、口のハタにツバためてお怒りになりながら教練やられたんでしょうかねえ。なんとも、モノの言いにくい時代だったでしょうなあ。


「『幸福』ってタイトルのその小説、お亡くなりになる昭和17年に書かれたそうですが、うかつなこと書くと、目をつけられて、痛くもない腹を探られる。いやはや、場合によっちゃあ拷問つきで、命さえ失いかねない。多くの作家が、火の粉をさけるようにして、古典を題材とした耽美的な文章を書くようになったってのはウナづける話です。戦中、貝になった作家の戦争責任をどう考えるかなんてことも終戦後問われたと聞きましたがね。うちのカミさんがそう教えてくれました。


「そう考えますとね、この『幸福』って小説も、そのころの時流にのって古典を題材にしているように見えますが、その実なんともモノ言いたげですなあ。なんでも中国にむかし、荘子とおっしゃる思想家がいらして、胡蝶の夢とかいう説話を残されたそうで・・・・・夢のなかで蝶となってヒラヒラ飛んでおいでだった最中、お目覚めになって、ハタとこうお考えになった。自分はいままで蝶になった夢を見ていたのか、それともいま、蝶である自分が夢を見ているのか。


「どうやらこの説話を下敷きに中島さんはこの小説をお書きになったらしいって、これもうちのカミさんの入れ知恵でしてね。おたく、どうお思いになります? え、この小説、お読みになったことがない? 当時、日本の植民地だったパラオが小説の舞台でして、長老のもとで、ハンサムとは正反対、貧乏、結核をわずらってるっていう召使いがコキ使われているんです。その長老と召使いが、あるときから夢を見るようになる。


「召使いは夢のなかで長老となって暮らしを愉しむ。反対に長老は夢のなかで召使いとしてコキ使われる。で、おたがい連日そんな夢を見ているうちに、召使いはどんどん元気になっていって、長老はどんどん反対にやつれていく。とうとう最後にはふたりの立場はひっくり返ってるってわけです。

 長老は、自分でも予期しなかったほどの慇懃な言葉で、下男に向い、彼が健康を回復した次第を尋ねた。下男は詳しく夢のことを語った。(略)下僕の話を聞き終わって、長老は多いに驚いた。下男の夢と己の夢とのかくも驚くべき一致は何に基くのか。夢の世界の栄養が醒めたる世界の肉体に及ぼす影響は、またかくのごとく甚だしいのか。夢の世界が昼の世界と同じく(あるいはそれ以上に)現実であることは、もはや疑う余地がない。(略)アアと心から溜息を吐きながら、哀れな富める主人は貧しく賢い下僕の顔を妬ましげに眺めた*1


「舞台をね、中国か日本に置いて書いてあると想像してごらんなさい。昼間の世界より夢のほうが大事なんだ、優れた夢を持ってる人間のほうが豊かなんだ、なんてこと、うかつにも書こうもんなら、『貴様ぁ! 』ってなもんです。これを、孫悟空になれないとお嘆きになって、線のほそい沙悟浄にみずからをなぞらえてた御仁がお書きになったとは到底思えませんな。おたくもそうお思いになりませんか? 」*2

(了)

中島敦 (ちくま日本文学 12)

中島敦 (ちくま日本文学 12)

 

 

*1:中島敦ちくま日本文学全集筑摩書房、1992年、p.214、ゴシック体は引用者による

*2:2018年8月11日に一部修正しました。