(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

郵便ポストが超絶ダイエットをするの巻

デカルトの超絶手品ぁ〜ニャで科学は基礎を形作る第6回

 さて、存在は実際のところ、「他と共に在るにあたってどのように在るか」という問いに逐一答えるものであるにもかかわらず、事実に反して、このように存在を、無応答で在るもの(客観的なもの)であることにしようとしますと、存在が実際に呈する姿から、ほんとうは当の存在には属していないものとして取り除かなくちゃなんなくなるものには、前回見ましたのほかに、容姿匂い感触、があげられます。


 そこのところをもう少し見ていきます。


 いま俺は行くところがありまして、道を歩きながら、PCもしくはスマホ画面のムコウにいらっしゃるみなさんにこうして失礼しておりますが、その俺の前方には郵便ポストが見えています。歩いているうちに、刻一刻とその姿は大きくなり、その肌理(きめ)も一瞬ごとにくっきりしてきております。郵便ポストもこのように、「他と共に在るにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えるものです。俺の身体がどこにどのようにあるかで、つまり、俺がどこに位置しているのか、どんな姿勢をとっているのか、目をつむっているのか開けているのか、逆立ちしているのか、首をかしげているのか、いつものようにぽっかーんとしているのか、それとも珍しくキリッとしているのかなどで、ポストの姿は変わります。また日中か、夜中かでも、ポストの姿は変わります。ポストはこのように、「俺の身体と共に在るにあたってどのようにあるか」という問いや、「明かりと共に在るにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えます。


 ところが、前回の俺のコートのように、この郵便ポスト(ただし話を簡単に進めるために、占めている位置を変えない場合をいまは想定してください)を事実に反して、無応答で在るものと考えれば、どうなるでしょうか。


 そのように考えますと、郵便ポストは、遠くから見ても、真ん前で見ても、目をつむって面と向かっても、両目をヒン剥いて見ても、片目で見ても、サングラスをかけて見ても、そんなことでは「これひとつとして違いを見せることはない」ものであることになります。


 が、実際のところ、俺が歩み寄っているあいだ、郵便ポストは刻一刻と姿を大きくし、肌理をくっきりとさせ、また、光を受けて呈する模様を変化させてきています。俺が歩み寄っているあいだ、ポストが「これひとつとして違いを見せることはない」などということは断じてありません。


 したがって、郵便ポストを事実に反して、無応答で在るもの、すなわち、俺の身体や明かりがどうあれ、そんなことでは「これひとつとして違いを見せることはない」ものとするためには、現に俺が先ほどから目の当たりにしている各瞬間の郵便ポストの姿をひとつひとつあげ、それらの姿同士のあいだにある違いを確認し、それら違いをすべて、ほんとうは当の郵便ポストには属していないものとして、実際のポストの姿から取り除くという作業をしなくちゃなんなくなります。しかしそうして取り除きさえすれば、そのあとには、俺が歩み寄っているあいだ、「これひとつとして違いを見せることのない」もの、すなわち無応答で在るもの(客観的なもの)だけが残ることになります。で、それを、ほんとうの郵便ポストとすれば良くなります。


 では、そうして、郵便ポストの実際の姿から、ほんとうは当のポストには属していないものとして取り除かれるのは何かと申しますと、それは容姿(色を含む)とでも言うしかない何かです。それを取り除くと、あとには、言ってみれば、同じ位置を占めているということ、だけが残ります。それこそ、俺が歩み寄っているあいだのほんとうの郵便ポストだということになります*1

つづく


今回はこのシリーズの第6回目でした。

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*1:2018年10月4日に、内容はそのままで表現のみ一部修正しました。