(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

数量化は状況を把握する方法

*原因丸々ひとつは見つからない第13回

 ところがこうなると、またぞろこんなご指摘をうけることになりそうである。よく言うよ、お前さん。お前さんはそうして疫学を肯定しているような言い方をしているが、病気を、タバコや細菌やウィルスといった一箇所のせいにはできないと言ったり、これまで病気の原因部分だと信じてきた一箇所以外の部分にも広く配慮することが大切だとかと言ったりして、暗に身体のなかのメカニズムを解明することを勧めているじゃないか。お前さんは、津田クンのいう数量化派ではなく、メカニズム派に味方しているんだろ。津田クンは、身体のなかの分子メカニズムの解明なんて無理だと言ってたろう、お前さんのあげた本で。それをお前さんときたら、といった具合である。

医学的根拠とは何か (岩波新書)

医学的根拠とは何か (岩波新書)

 


 けれどもそうした指摘は非常に鋭いものだと俺は感服する。実のところ俺は、疫学とはメカニズムを解明しようとするものだと考えている。疫学者の津田さんは医師を、直感派、メカニズム派、数量化派、に分けているが、俺は、数量化派こそメカニズム派なんだろうと、今のところ思っているわけである(ただしメカニズム派が数量化派なんだとは思ってない)。


 疫学というのは、病気を、タバコや細菌やウィルスといった一箇所のせいにするものではなく、そうした一箇所以外の部分にも、数字をつかって、ひろく思いを致す作法ではないか。それは簡単にいえば、タバコ成分や細菌やウィルスなどがなかにはいってくると、俺の身体全体がどうなるのかといったことに、数字をもちいて、ひろく(おおざっぱに)配慮する方法ではないかということである(ただ俺はメカニズムという言葉を心底好かない)。


 が、津田さんは分子メカニズムを知ることは不可能だと言っていた。


 みなさん、俺カワグチは津田さんのその言葉を聞き逃してはいませんし、むしろしっかり銘記しています。俺はこの言葉を聞いたとき、寡聞な俺のなけなしの知識のなかにある物理学者・シュレーディンガーの著書『生命とは何か』を思い出していました。そこでシュレーディンガーは、物理学が統計学的方法によって、どのように物理的法則(メカニズム)を捉えるのか語っていました。つまり、シュレーディンガーにとって、数量化は物理学的法則(メカニズム)を捉えるためのものでした(と愚かな俺は捉えています)。逆に数量化によらなけれぱ物理学的法則(メカニズム)は知り得ないとのことでした。そしてその事情は物理学だけに当てはまるものではないでしょう。医学にも当然、当てはまることではないでしょうか。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)

 


 みなさん、おわかれの時間になりました。


 俺カワグチは、愚かな俺の話をご静聴してくださったみなさんに、お礼としてつぎのふたつの言葉をお贈りし、筆を擱くことにします。ぜひとも日常のいろんな場面でつかってみてください。愚かな俺ですが、存分につかえることは保障します。


 それは、原因丸々ひとつですか?


 それは、一箇所のせいにできるんですか?

(了)


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