(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

カワグチは疑問を提示する

*原因丸々ひとつは見つからない第2回


 これから一緒に、原因、について考えていきましょう*1。キー・ワードは原因です。

医学的根拠とは何か (岩波新書)

医学的根拠とは何か (岩波新書)

 


 津田さんの『医科学的根拠とは何か』(岩波新書、2013年)を読んでいると、昔の疑問がよみがえってくると先に書いたが、津田さんのこの本は医学的根拠をどこにおくかで、医師を三つにわけている。「直感派は医師としての個人的な経験を重んじ、メカニズム派は動物実験や(現代では)遺伝子実験など、生物学的研究の結果を重視する。そして数量化派は、統計学の方法を用いて、人間のデータを定量的に分析した結果を重視する。 一般にはあまり知られていない分野ではあるが、今日では、病気などの原因を科学的に証明するためには、疫学あるいは医療統計学と呼ばれる方法論が用いられる。生物学的メカニズムの解明こそが病気の原因を明らかにするという〔引用者注:メカニズム派の〕考え方は、実は誤りである*2」。


 ここに書かれているように、疫学による数量化の「主な目的の一つは、人を対象に病気の原因を突き止めることである*3」。しかし数量化派の先駆者たちは、この数量化という方法を理解してもらうのに苦労したらしい。「その陰には、『病気の原因は何か』という問題が横たわっている*4」。数量化派と、直感派・メカニズム派の間に、数々の論争がもちあがった。


 が、しかし「二〇世紀後半に至って、国際的にはこれら三つの根拠の優先順位に関して合意ができた。(略)医学においては、数量化の方法が、医師の個人的経験や実験室の研究結果に優先させるべき科学的根拠になっている。 急いで付け加えるが、これは数量化の方法が万能という意味ではない。医学がこれら三つの根拠の上に成り立っていることは事実である。しかし、人間を対象に治療などの行為をする上で科学的根拠になるのは、他の二つではなく数量化なのである*5


 けれども日本ではいつまで経っても数量化がうけいれられないと津田さんは言う。彼は、水俣病大阪府堺市のO157集団食中毒事件、乳児突然死症候群SIDSといった例をあげ、数量化派の、統計データをもちいて原因を特定する方法がもちいられていないと指摘している。


 また、数量化によってタバコの危険性がすでに明確に示されているにもかかわらず、日本ではこの危険性が、法廷、医師、法学者たちに理解されないとも言っている。津田さんは本書で、タバコの危険性を認めようとしないメカニズム派の医師のひとりとして養老孟司さんをあげ、こう記す。

タバコをやめた人はタバコを続けた人に比べ、肺がんの発生率比や死亡率比がしだいに下がってくる。これはタバコが肺がんの真の原因であることを強力に支持する観察結果である。(略)


 標記〔引用者注:タバコをやめるとがんのリスクが減るが、それは真の原因を取り除いているわけではない〕のように言う人は、「真の原因」を具体的にどのように知るというのだろうか?  例えば元東京大学医学部教授の養老孟司氏は、「たばこは健康に悪いかもしれないが、肺がんの主因であるかどうかについては疑問がある。現実に、日本人の喫煙率は下がり続けているのにもかかわらず、肺がんの発症率は上昇する一方である。 日本人の寿命が延びたことも理由だが、発がんのメカニズムは複雑で、原因となるものも食生活から大気汚染、ストレスまで無数にある。たまたま肺にがんができたのを肺がんと呼んでいるだけで、でなければ非喫煙者で肺がんになる人が山のようにあることを説明できない」と述べる(『SAPIO』2011年9月14日号)。


 氏の発言に反し肺がんが減少していることは112ページで述べるが、氏は「メカニズムは複雑」と言いながら徹底してデータを出さずに議論ではぐらかす。喫煙者では非喫煙者よりはるかに多く肺がん患者がいる事実に触れず、データから求められた結果があるにもかかわらず「説明できない」としている。国際がん研究機関IARCががんの環境要因に関するモノグラフを100巻以上積み上げていることをまったく知らないようだ。


 これらの話はすでに決着がついている。タバコの中毒性と健康リスクについては世界の大手タバコ会社も納得している*6


 津田さんは養老さんの言葉にたいし、では真の原因を他の方法でどうやって知るのかと問うている。疫学的方法でないと原因は見つけられないと示唆している。


 しかし数量化であれ、分子メカニズムの解明であれ、はたして本当に原因丸々ひとつを突きとめることはできているんだろうか。見つけたと言っている原因が実は原因の一部分でしかないということはないんだろうか。


 俺のこの疑問は、本書で疫学が確率や倍数をつかって次のように病気を説明しているのを聞くとますます強くなってくる。


 倍数や確率を使っている点に注意したい(ざっと読んでくだされば結構です)。

タバコをすっていると男性では喉頭がんに14.6倍、食道がんに6.8倍、肺がんには23.3倍かかりやすくなります。他にもタバコを吸うことは、男性で口腔がん、鼻咽頭がん、口咽頭がん、鼻腔・副鼻腔がん、胃がん膵臓がん、大腸結腸がん、肝臓がん、腎臓がん、尿管がん、骨髄性白血病原因です。 タバコを止めると肺がんの発生率は、非喫煙者と同じレベルまでは行かないものの三〜五年単位で減っていき、一〇年も経てば半減が十分に期待できます。また、咽頭がん食道がんの発生率も下がってくることが多くの研究で示されているので止めましょう。運良くがんにならなくても、慢性閉塞性肺疾患COPDに一〇倍以上かかりやすく、そうなれば入退院を繰り返しながら酸素吸入に頼る生活に陥る可能性が高くなります。心疾患や脳卒中の可能性も高くなります。タバコほどではありませんが、飲酒により食道がんも多い場合で数倍に増えてきます。飲酒を止めると発症頻度は減ってきます。アルコール飲料は、口腔がん、咽頭がん喉頭がん、食道がん、肝臓がん、大腸直腸がんの発がん物質であり、喫煙との相乗作用により食道がんを発症させます。適度の飲酒が心筋梗塞脳梗塞を二〜四割も減らし死亡率も下げますが、頻度が低いとはいえがんという意味では飲酒は控えられた方が良いと思います*7


 このように確率や倍数を持ち出さないと説明できないというのは、ひょっとしてタバコまたはアルコールが、がんの原因丸々ひとつではなくその原因の一部分でしかないということなんじゃないかと俺は疑問に思う。もしタバコあるいはアルコールががんの原因の一部分でしかないのなら、原因の残り部分と、タバコあるいはアルコールとをあわせて原因丸々ひとつだということになる。身体のなかにそうした原因丸々ひとつがそろったときにはじめて、がんができるということになる。逆にいえばタバコを吸ったりアルコールを口にしたりしても、身体のなかで、タバコの成分あるいはアルコールが原因のこうした残り部分とあわさって原因丸々ひとつがそろうのでなければ、がんは生じないということになる。


 タバコあるいはアルコールががんを生じさせる原因丸々ひとつなら倍数や確率をもちだすまでもなく、摂取した人間のほとんど全員ががんになるという数値がでるのではないだろうか。タバコあるいはアルコールを原因丸々ひとつだと言っておきながら、それによって1.46倍喉頭がんになりやすくなるだとか、肺がんには23.3倍かかりやくなるといった言い方をすると逆に理解しにくくはならないだろうか(そんな気がするのは俺だけですか?)。


 みなさん、俺、そんなに変なこと言ってます?

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

 
つづく


前回(第1回)の記事はこちら。


このシリーズ(全13回)の記事一覧はこちら。

 

*1:今回はザッと読み流していただければと思います

*2:同書11頁

*3:同書53頁

*4:前掲に同じ。

*5:前掲に同じ。

*6:同書89-90頁

*7:同書109-110頁