(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

カワグチ、探しモノをはじめる

*原因丸々ひとつは見つからない第8回


 原因と言われているものが、実は原因丸々ひとつではないことを、ここまでみなさんと一緒に確認してきた。俺たちが今まで原因丸々ひとつだと思っていたのは、実のところ原因の一部分にすぎず、まだその残り部分を突きとめてはいなかった。


 みなさん、俺たちは今から、まだ誰も足を踏みいれたことのない、その残り部分を突きとめる冒険旅行に出かけるのです。


 先の章では、無知蒙昧で思考力に乏しい俺なりに魂だけは人一倍こめて、二つの原因特定法について考察した。最初に疫学的な原因特定法を、的外れなところもあるかもしれないが、頑張ってやってみた。〈タバコを吸わないグループ〉と〈タバコを吸うグループ〉とを作る。それら両グループ同士は、タバコを吸うか吸わないか以外は違わないようにしてある。で、両グループからそれぞれ肺がんになるひとがどれだけ出るのか調べる。


 最初に確認するのは、〈タバコを吸わなかったグループ〉のほうである。もし、そのグループ内では、肺がんになったひとの数が十分に少なかったということであれば、そのときはえげつなくもその少数者の存在は無視し、このグループ内ではだれも肺がんにならなかったことにして、このグループの各構成員の身体のなかには、肺がんを生じさせる原因丸々ひとつはそろっていなかった、と考えることにする。このグループの各構成員の身体のなかには、肺がんを生じさせる原因丸々ひとつはそろっていなかったが、その原因の一部分くらいはあったかもしれないと推理するわけである。


 今、原因のこの一部分のことを原因のA部分と呼ぶことにする。〈タバコを吸ったグループ〉の構成員たちは、この〈タバコを吸わなかったグループ〉の構成員たちと、タバコを吸うか吸わないか以外はまったく違っていないということだった。したがって、〈タバコを吸ったグループ〉の各構成員の身体のなかにも、〈タバコを吸わなかったグループ〉の各構成員の身体のなかにあった、肺がんを生じさせる原因のA部分(原因の一部分)はあったかもしれないということになる。


 そんななか、肺がんになったひとの数は、〈タバコを吸わなかったグループ〉よりも〈タバコを吸ったグループ〉のほうが多くなったとする。すると、両グループ間の唯一の違いであるタバコが、肺がんを生じさせる原因の残り部分(A部分以外の部分)であることになる。この原因の残り部分を原因のB部分と呼ぶことにすると、身体のなかにあった原因のA部分と、身体のなかに入ってきたB部分(タバコ成分)とがあわされば、肺がんを生じさせる原因丸々ひとつがそろうということになる。


 さてここからが本題である。〈タバコを吸わなかったグループ〉や〈タバコを吸ったグループ〉の各構成員の身体のなかにある、原因のA部分がまだ突きとめられていない。このA部分をこのあと突きとめることができれば、肺がんを生じさせた原因丸々ひとつを俺たちは特定しえたことになる。


 では、まだ誰も突きとめていないこのA部分を突きとめるための果敢な第一歩を、俺たちはここで勇気をもって踏み出しましょう。〈タバコを吸ったグループ〉には二種類のひとがいる。タバコを吸って肺がんになったひとと、タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにならなかったひとである。そこに俺たちは着目します。すると、今までの俺の(ヘ)理屈にのっとるかぎり、こういうことになります。


 前者のひと(タバコを吸って肺がんになったひと)の身体のなかには、肺がんを生じさせる原因のA部分があった。そこに原因のB部分(タバコ成分)が入ってきて原因丸々ひとつがそろい、それが肺がんを生じさせることになった。後者の、タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにならなかったひとたちはどうかというと、そのひとたちの身体のなかには、原因の「A部分丸々ひとつ」はそろっていなかった。よって、原因のB部分(タバコ成分)が身体のなかに入ってきても、原因丸々ひとつ(A部分+B部分)がそろうことはなく、肺がんが生じさせられることはなかった。


 みなさん、大事なところです。後者のひとたち(タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにならなかったひとたち)についてもう一度確認します。


 タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにならなかった(後者の)ひとたちの身体のなかには今確認したように、原因の「A部分丸々ひとつ」はそろっていなかった。それは「A部分のうちの一部」くらいはあったかもしれないということである。しかし「A部分のうちの一部」と原因のB部分(タバコ成分)とが身体のなかでひとつになっても、肺がんを生じさせる原因丸々ひとつ(A部分+B部分)はそろわない。したがって肺がんは生じてこないことになる。


 大事なことを二度申し上げました。さて、以上をすべてまとめるとこうなります。


 タバコを吸って肺がんになった(前者の)ひとたちの身体のなかにそろったのは「A部分+B部分(タバコ成分)=原因丸々ひとつ」である。


 いっぽう、タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにならなかった(後者の)ひとたちの身体のなかにそろったのは、「A部分のうちの一部+B部分(タバコ成分)≠原因丸々ひとつ」である。


 俺たちは「A部分丸々ひとつ」を突きとめなければなりません。


 しかし残念ながら、「A部分丸々ひとつ」を突きとめることはできないとこの時点で俺はいきなり言わなければならない。よくてもここで突きとめられるのは、「A部分」から「A部分のうちの一部」を引いたあとの残りだけである。


 どういうことか。


 ここで新たにできるのは、《タバコを吸って肺がんになった(前者の)ひとたちのグループ》と、《タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにならなかった(後者の)ひとたちのグループ》とをつくって考えることである。《タバコを吸ったにもかかわらず肺がんにはならなかった(後者の)グループ》のひとたちにはまったく見つからず、《タバコを吸って肺がんになった(前者の)グループ》のひとたちには共通して見つかるものを探すことである。こうして見つかるのはというと、「A部分−A部分のうちの一部」である。 「A部分のうちの一部」は、両グループのひとたち全員に共通してある(可能性がある)。しかし、両グループのひとたち全員の身体のなかに共通してみつかるものはあまりにも多すぎる。両グループ全員の身体のなかに共通して見つかるもののなかのどれを「A部分のうちの一部」と認定すればいいか、判断がつかない。


 愚かな俺なりに魂だけは全力稼働して探しもとめた結果、ここで得ることができるのは、「A部分のうちの一部」は突きとめられないまま、俺たちのこの冒険捜査についてはいったん打ち切るしかないという結論である。


 このあと「A部分のうちの一部」を見つけ出す手立てがあるのかどうかは、思考力が決定的に欠けている愚かな俺にはまったくわりません。みなさんはどうですか?(ただ愚かで不器用ながらも魂だけはこめてここまで考えてきてつくづく感じるのは、同じ病気のひとを集めてきてそれらのひとたちにのみ共通しているものを探し出せば、その病気の原因丸々ひとつが特定できるのだと、よくもまあ俺たちはこれまで思いなしていたものだということです)。

つづく


前回(第7回)の記事はこちら。


このシリーズ(全13回)の記事一覧はこちら。