(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

「科学」には身体が機械にしか見えない(1/5)

*「科学」を定義する第5回

目次
・「科学」の定義
・「存在のすり替え」と「関係のすり替え」を経たあとの、音、匂い、味
・「身体」の定義
・「身体のすり替え」を左手を例に
・「身体のすり替え」(結論)

◆「科学」の定義

 やれ、何々は「非科学だ」「ニセ科学だ」と糾弾しているのにしばしばお目にかかりますよね。でも、「科学」と「非科学・ニセ科学」のあいだのはっきりした違いとなると、誰も、ダイヤモンドのような硬さで口を閉じて何も言いませんね? まるで、その違いは勘で見分けろと言わんばかりで、ね?


 みなさんなら科学をどう定義づけます


 俺は、こう定義づけてみてはどうかと思いますよ。いまみなさんが眼前のテーブル上にあるあんパンを見ているとしますね。みなさんが見ているそのあんパンの姿は、みなさんの眼前数十センチメートルのところにありますね。なのに、そのあんパンの姿を、みなさんの心のなかにある映像にすぎないことにするものこそが科学である、って。


 科学はまず、みなさんが現に見ているあんパンの姿をそのように、みなさんの心のなかにある映像にすぎないことにする。で、それをキッカケに、怒濤のすり替えをはじめる。「存在」、「関係」、身体健康病気医学の使命といったありとあらゆるものを実際とは別のものにすり替えていき、科学独自の世界観を形作る、とのことでしたね。


 いま、その疾風怒濤のすり替えをつぶさに確認しているところですよ。


 前々回から前回にかけて、「存在のすり替え」と「関係のすり替え」を見ましたね。今回はその残りを見たあと、「身体のすり替えのほうに移っていきます

 

 では早速、「存在のすり替え」と「関係のすり替え」の残りを見ていきますね。


今回は記事を5つに分けてお送りします。


前回(第4回)の記事はこちら。


このシリーズ(全5回)の記事一覧はこちら。