(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

利益の与え合いもまたぞろ読み替えるよ

*進化論はこの世をたった1色でぬりつぶすんだね第13回


 彼が「利益の与えあい」をどのように読み替えるか、引用(ざっと読み流してください)をもって見ておきます。「利益の与えあい」は、「他に利益を与え、他から利益を与えられる」関係で、そこにはふたつの利益供与が出てきます。そのそれぞれをドーキンスは、遺伝子による利己的行為に読み替え、生物個体による「利益の与えあい」を、遺伝子による利己的行為がふたつ重なったものにすぎないとします。

 アリ類は、栽培用の植物と同様に、家畜動物まで所有している。たとえばアブラムシである。アブラムシ類は、植物の汁を吸うために高度に特殊化した昆虫である。彼らは、植物の師管からとても効率よく汁を吸い上げるので、その後消化が追いつかない。その結果、彼らは、栄養価を少し抜き取られただけの液体を分泌することになる。糖分をたっぷり含んだ「蜜のしずく」が、体の後端から大量にあふれ出てくるのである。自分自身の体重を超すほどの量の液滴を、毎時間分泌するような例もあるくらいだ。


(略)ところが、アリの中には、そのしずくがアブラムシの体を離れたとたんに、ただちにそれを失敬してしまう種類がいる。彼らは、触角や脚でアブラムシのおしりをこすって「ミルクをしぼる」。アブラムシもアリに反応する。アリがふれるまで液滴を出さずにいるように見える例もあるし、アリが受けとる体勢にないと液滴をおなかの中に戻してしまうような例もある。ある種のアブラムシには、うまくアリを引きつけるために、アリの顔面に似た外観と感触をもつおしりが進化しているといわれている。この相互関係によってアブラムシが得ているのは、明らかに天敵からの保護ということらしい。人間に飼われている牛たちのように、彼らも保護された生活を送っており、アリから大幅な世話を受けている種類などでは、正常な自己防衛機構が失われてしまっている。アリが、自分たちの地下の巣の中で、アブラムシの卵の世話をするような例もある。このような例では、アリはアブラムシの幼虫に食物を与え、彼らが成長すると、それらを優しくかかえて、保護のゆきとどいた牧場へ運び上げるのである。


 異種の個体に相互利益をもたらすような関係は、相利共生と呼ばれている。異種の個体は、互いにちがった「技能」を持ち寄って協力することができるので、ときには互いに大きな利益を与えあうことがある。このような基本的な非対称性は、進化的に安定な相互協力戦略を生みだすことがあるのだ。アブラムシは植物の汁を吸うのに適した口器をもっているが、そのような吸引用の口器は自己防衛にはあまり適していない。一方のアリは、植物の汁を吸うのは下手だが、闘いは得意である。そこで、アリの体内にあって、アブラムシに対する世話や保護をうながす遺伝子は、アリの遺伝子プール中で有利になった。そして、アブラムシの体内にあって、アリとの協力をうながす遺伝子は、アブラムシの遺伝子プール中で有利になったという次第である(リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子日高敏隆等訳、紀伊國屋書店、2006年、pp.278-279)。

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 


 こういう考え方です。


 アリの身体のなかにある遺伝子Aが、その身体を動かして、アブラムシに、世話や保護という利益を与える。すると、アブラムシの身体のなかにある遺伝子Pは利益を得ることになり、ライバル遺伝子Pに不利益を与えることになる(遺伝子Pによる利己的行為)。


 いっぽう遺伝子Pは、アブラムシの身体を動かして、尻から垂れる汁という利益をアリに与える。その結果、アリの身体のなかにある遺伝子Aは利益を得、ライバル遺伝子Aに不利益を与えることになる(遺伝子Aによる利己的行為)、と。


 アリがアブラムシに世話や保護という利益を与え、その反対に、尻から垂れる汁という利益を与えられるといった「利益の与えあい」をこのように、アリの身体のなかにある遺伝子Aによるライバル遺伝子Aの「押しのけ」(遺伝子Aによる利己的行為)と、アブラムシの身体のなかにある遺伝子Pによるライバル遺伝子Pの「押しのけ」(遺伝子Pによる利己的行為)のふたつに読み替えるわけです。


 しかし、生物個体による利己的行為と利他的行為とをともに、生物集団または遺伝子による利己的行為に読み替えることについて先ほど言われたことが、ここでも言われなければなりません。


 この世には「利益の与えあい」などそもそも存在しえないとする理論と、じっさいに「利益の与えあい」が存在するという現実との背反に直面したとき、俺たちはドーキンスがいまやったように、理論に現実をあわせるべきでしょうか。


 現実に理論をあわせるのが道理なのではないでしょうか*1

つづく


前回(第12回)の記事はこちら。


このシリーズ(全24回)の記事一覧はこちら。

 

*1:2018年7月28日に、利己的行為という言葉にかけていた〈〉と、利他的行為という言葉にかけていた《》とを削除しました。