(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

機械なんかでは決してないことが明らかな身体を科学が機械と決めつける、嗚呼、あの不幸な瞬間(6/6)【医学がしばしばしばみなさんに理不尽な損害を与えてきた理由part.6】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」の短編NO.52


◆身体全体を考える

 したがって、左手が「左手機械」であることになったように、身体全体が、「どの位置を占めているか」ということと、「どんな力をもっているか」ということしか問題にならない、この世の最小の何か(元素)の寄せ集めにすぎないことになります(先のBに相当)。


 科学が考えるこの身体を以後、身体機械と呼ぶことにしましょうか。


 と同時に、俺が現に感じている、頭のてっぺんから足の先までひと連なりになった「身体の感覚俺の心のなかにある像にすぎないことになり(先のAに相当)、俺の脳が作り上げたものであることになります(先のCに相当)。俺の心の外に実在している「身体機械」についての情報をもとに、って。


 まとめるとこうです。事のはじめに「絵の存在否定」と「存在の客観化」とを立てつづけに為す科学の手にかかると、

  • イ.身体は「身体機械」であることになる。
  • ロ.「身体の感覚」は、俺の心のなかにある像にすぎないことになる。
  • ハ.その心のなかの像は、俺の脳が、俺の心の外に実在している「身体機械」についての情報をもとに作り出したものであることになる。


 以上が、ほんとうは機械ではない身体が科学に、機械と見なされるに至った経緯です。






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