(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

原因を特定しようとして医学がハマるいつもの繰り返しについて確認する〈3/3〉

*医学は喩えると、空気の読めないガサツなおじさん第8回

2/3からのつづき

◆都合の良いデータしか見ないで原因を特定する

 9番ボールがコーナーポケットに落ちるという出来事を例に、いまこういうことを確認しましたよ。


 出来事を或る一点のせいにするというのは、その一点を状況に関係なく当の出来事を起こすもの」(当の出来事を起こす原因)ってことにすることである。そうして、その一点があれば当然当の出来事が起こってくるってことにすることである。しかし、出来事を一点のせいにすることはできない。したがって、「状況に関係なく当の出来事を起こすもの」(当の出来事を起こす原因)などこの世に存在しないということになる。実際そんな一点を特定するために複数のデータを集めてきてそれらに共通している一点を探してみても都合の悪いデータを無視したり誤魔化したりすることなしには、「共通の一点を見つけたことにはできない、って。


 これはどういうことですかね? どういうことだとみなさん思います?


 出来事を一点のせいにしているひとは都合の良いデータしか見ていないってことなんじゃないですかね? いや、もっと踏み込んで、出来事を一点のせいにしているひとは、「ほんのいくつかの」都合の良いデータしか見ていないと言うべきかな*1


 ともあれ、都合の良いデータしか見ないでいいんなら思いつきで何だって一点のせいにできちゃいますよ、ね? ほら現に、出来事を脳という一点のせいにする脳科学者本人も、何だって説明できちゃうことに驚いているじゃないですか。

 本書の主題は脳と心や社会との関係である。そして、心も社会も脳の「機能」だと主張する。この主張は今となってはほとんど当然のこととして(例外はあるが)受け入れられている。しかし、本書の初版が出版された当時(一九八九年)では、こうした考えは決して常識でも一般的なものでもなかった。


 ところが、その後「脳」は私たちにとって大変身近なものになってきた。現在では、週刊誌や月刊誌、あるいはTV番組でも、私たちの心や行動、社会、あるいはそれらの「異常」との関係で「脳」が登場するのはごく当たり前になっている。「なんでもかんでも脳」という傾向さえある。


 私事にわたって恐縮だが、一介の脳研究者である私のところにも「なぜ南国では性的に大胆になるのか?」「なぜセックスレスの男女が増えているのか?」「いじめはなぜ起こるのか?」「子供たちはなぜすぐキレるのか?」……といった問題を脳との関係で解説してくれ、という依頼・取材がかなり頻繁にある。お調子者の私は(貧乏暇無しの研究者のくせして)、そうしたややこしい質問をきちんと(何十分もかけて)脳のレベルで説明してしまい、そして、説明できることにあらためて驚いたりしている。質問者の方も「そーだったんですか、よーくわかりました」などと納得するのである。


 さすがに為替や株価の変動を脳レベルで説明してくれという依頼こそないが、少なくとも私たちの心や行動、社会現象を脳のレベルで説明すると妙に納得してしまう、という傾向が広くあることはたしかだろう(澤口俊之「解説」から。ゴシック化は引用者による。養老孟司唯脳論ちくま学芸文庫、1998年、p.263-264に収録)。

唯脳論 (ちくま学芸文庫)

唯脳論 (ちくま学芸文庫)

 


 (いくつかの)都合の良いデータしか見ないで、出来事を一点のせいにするとしますよ*2。するとその後、どうなります? 追試でその説の真偽を確認しようとした他のひとたちが、その説には都合の悪いデータを見ることになります、ね? で、その説の信憑性に異議を申し立てることになります、ね?


 露骨な言い方をすれば、こういうことが起こるんじゃないかってことですよ。現実をほとんど見ないで口にした思いつきが、後日、他のひとたちに、より広く現実と照らしあわせて検証された結果、デタラメだったと明らかになる  


 でも医学はおおむね、患者さんには超厳しくても、おのれには超甘いじゃないですか。追試によってデタラメであると明らかになったはずなのに、こういう理屈をこねて、それをデタラメじゃなかったことに最後します、ね? すなわち、追試によってその一点は、探し求めている一点(原因)ではないと明らかになったが、探し求めている一点(原因)の一片であることには間違いがないんだ、って。


 医学はこんなふうに、出来事を一点のせいにする見方をとっていることを反省することもなく、以後も、出来事を一点のせいにしようとしつづけます。そして、上記したことが新たにくり返されていきます。

  • (a)いくつかの都合の良いデータしか見ないで、誰かが出来事を何か一点のせいにする*3
  • (b)後日、追試でその説の真偽を確かめようとした他のひとたちが、その説に都合の悪いデータを目の当たりにし、異議を申し立てることになる。
  • (c)出来事を一点のせいにすることはできないんじゃないかと疑ってみることもなく、その誰かが挙げた一点を、探し求めている一点(原因)の一片であることにしておき、再度特定作業をやり直す。
  • (d)こうして(a)から(c)のくり返しが何度も起こり、探し求めている一点(原因)の一片とされるものがやたらめったら増えていく  


(このくり返しが、ガン研究に見られたのではなかったでしたっけ?)

裏切り者の細胞がんの正体 (サイエンス・マスターズ)

裏切り者の細胞がんの正体 (サイエンス・マスターズ)

 
(上記の翻訳者、中村桂子さんが、下記の著書で興味深いことを言っていますね。)
ゲノムが語る生命 ―新しい知の創出 (集英社新書)

ゲノムが語る生命 ―新しい知の創出 (集英社新書)

 


今回は記事を〈1/3〉〈2/3〉〈3/3〉の3つに分けてお送りしました。

  • ひとつまえの記事(2/3)はこちら。

  • 今回の〈1/3〉はこちら。


前回(第7回)の記事はこちら。


このシリーズ(全12回)の記事一覧はこちら。

 

*1:2019年6月24日に、この一文を1箇所訂正しました。

*2:同上。

*3:同上。