*認知症の人間の言動は理解不可能か・第16回
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◆「まだら認知症」
アルツハイマー型認知症と血管性認知症とでは、意欲や興味が減退してきた経過が往々にして異なるように思われる。
アルツハイマー型認知症ではどちらかというと、意欲や興味の減退はそれなりの時間をかけて漸次起こることが多く、かたや血管性認知症では意欲や興味の減退は、脳卒中によって手足が麻痺し言葉が自由にならなくなったことに落胆したのをきっかけに一気に起こる傾向が強いのでないか。
もしそうであれば、どういうことになるか。
みなさんも過去に一度くらいは、意欲や興味が突然減退するといった経験をしたことがあるだろう。
そうしたとき、みなさんが意欲や興味の減退を覚えた対象は限定的だったのでなかったか。
たとえば、みなさんは不意に恋人に振られたことはないか。信頼していた人に突然裏切られたことは? 急に仕事を首になるといった経験をしたことはないか。
そのようにいきなり予期せぬ不幸に見舞われたときみなさんは、食べることに対する意欲や興味を失ったかもしれない。そして、テレビ番組のどれもこれもが食べ物に関するものであることに気付き、テレビを捨ててしまったかもしれない。なかには社交への意欲や興味をごっそりと失い、人との関わり合いを片っ端から避けるようになったひともいるだろう。趣味であるスポーツ観戦への意欲や興味を失ったとか、おしゃれをする意欲や興味を失ったというひともいるだろう。仕事に対する意欲や興味を失い、職場での失敗が増え、会社に居づらくなったというひともいるのではないか。
そのときみなさんは「自分はいかなる意欲も、いかなる興味も失ってしまったのだ、自分はもう終わった人間なのだ」と、しかめっ面で天を仰いだかもしれない。
だが、そうだったとしても、本当にみなさんの意欲や興味は、みなさんが思ったとおり干上がってしまっていたのだったか。
いや、それは極端な思い込みにすぎなかったのではないか。
2025年12月22日に文章を一部修正しました。
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