*認知症の人間の言動は理解不可能か・第15回
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◆感覚性失語(相手の言葉を理解できない)
現在、血管性認知症について検証している。
長谷川和夫著『よくわかる認知症の教科書』(朝日新書、2013年)には、血管性認知症で認められる認知機能の低下として次のものが挙げてあった。
- ①運動性失語(言葉が自由に出てこない)
- ②感覚性失語(相手の言葉を理解できない)
- ③うつ状態
- ④情動失禁(ささいなことですぐ涙ぐんだり、笑ったりする現象で感情をコントロールできない)
- ⑤自発性の低下
- ⑥激しい物忘れ(ただし、判断力、計算力、常識などが維持されていることが多く、「まだら認知症」といわれることがある)
今回は②「感覚性失語(相手の言葉を理解できない)」を見る。
医学はひとを認知症や軽度認知障害などと診断し、「異常」と見なすことによって、そのひとたちに「理解不可能」の烙印を押してきたけれども、俺たちが理論的に考察した限りではこの世に「理解不可能」な人間など存在し得ないということだった*1。
果してその理論どおり感覚性失語が「理解可能」か以後確認する。
最初にその感覚性失語についてもう少し詳しい説明をいくつか見てみよう。
説明1
例えば『私は元気です』という文章があります。
でも脳に入る時には『わたしはげんきです』と言った感じで音の連続体として入力されます。これを通常は今までの経験・出身言語(我々なら日本語)で分節に区切ります。
つまり『わたしは げんき です』のように文節・単語で処理します。これがウェルニッケ野のお仕事です。そして『わたしは げんき です』を言語中枢に送り、『私は元気です』と理解します。
感覚性失語では先の『私は元気です』が、例えば『わた しはげ んきです』のように乱れます。もはや意味不明なので、それを送られた言語中枢もただの音の羅列と認識し、全く理解できないのです。
でもこの現象は我々にもよく起きます。それは聞いたことない・慣れない言語聞いた時です。例えばアラビア語やフランス語なんて、聞いても私は何言っているか、どこで区切れるのか全くわかりません。
この現象が母国語で起きるのが感覚性失語です。
一方話すことはスムーズできます。話すプロセスは言語中枢⇒ブローカ野の経路なので、ここは感覚性失語ではやられません、別部署です。(ちなみにこのプロセスがダメになると運動性失語になります)
でも聞かれたことを処理・理解できないので、無関係な事をスムーズに話します。例えば『今日の天気は?』に対して『ゴリラで時が話す』とか言います。
運動性失語と違うのは、『本人に自覚症状が乏しい』ことです。なので感覚性失語の人は多弁、しゃべり倒してきます。一方運動性失語の人は自覚症状があるので無口になる傾向があります。そこが二つを見分ける大きな違いです。
感覚性失語は失語症の中でも最も予後、治りが悪い一つです(一番は正確には全失語)。多くの方が日常生活に支障をきたし、周囲のサポート・環境調整が主な治療となっているのが現状です。失語症は2年程度は回復が続くといわれていますが、実際は2年経ってもあまり改善せず施設入所などになる方も大勢いらっしゃいます。◆サイト名
「感覚性失語: 聞いても分からない」初心者でもよくわかる筋電図(Electromyography for beginners by Suzuki)
◆URL(2025年10月19日18:30最終確認)
*このシリーズの記事一覧
*1:この世に「異常」な人間は存在し得ない。
したがって、「理解不可能」な人間は存在し得ないということになる。
