*認知症の人間の言動は理解不可能か・第14回
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◆アルツハイマー型認知症は、意欲や興味の減退に伴う意思の衰弱・喪失現象だったが
その前に、アルツハイマー型認知症についての考察で確認したことをひとつ復習したい。アルツハイマー型認知症と呼ばれるものは、意欲や興味の減退に伴う意思の衰弱・喪失現象ではないか、ということだった。
つまり、こういうことである。
それまでなら集中してすることができていた、たとえば料理をするとか言葉を交わすとかといったことに、意欲や興味が減退していて集中できず、それらのことを「上の空」ですることしばしばになる。
そして更にその意欲や興味の減退が進行すると、料理をするとか言葉を交わすかといった作業にヨリ集中できず、ヨリ「上の空」でそうしたことをすることになる。それは言い換えれば、料理をしていく意思や、言葉を交わしていく意思などがどんどん弱くなっていくということであり、なおもその意欲や興味の衰退が続けば、ついにはそうした意思はゼロになって、わが身に湧き出てこなくなる。
で、その結果がたとえば、
- ボールペンなどこれまで当たりまえに使えていた道具が使えなくなる(ボールペンを使って字を書いていく意思の衰弱・喪失)であったり、
- 着替えができなくなる(適宜着替えをしていく意思の衰弱・喪失)、
- いっしょに暮らしている家族の顔がわからなくなる(同居家族を家族と見なして生きていく意思の衰弱・喪失)、
- 大小便を失禁する(用はトイレで足していくという幼児期に確立した意思の衰弱・喪失)、
- 摂食や嚥下ができなくなる(食べ物を摂取していく意思、食べ物を噛み、飲み下していく意思の衰弱・喪失)
であったりするのではないか、ということだった。
その推移をひと言で、意欲や興味の減退に伴う意思の衰弱・喪失現象と先ほど表したわけであるが、血管性認知症の①「運動性失語」(言葉が自由に出てこない)はそのアルツハイマー型認知症とは進行の仕方が異なった、意思の衰弱・喪失現象ではないか、というのが今回展開することになる推論である。
アルツハイマー型認知症では意思の衰弱・喪失は、意欲や興味の減退に伴って漸次起こるが、この①「運動性失語」では脳卒中によっていきなり現れるのでないか、という見立てである。
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